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赤ポスの随力筆喜

撰時抄研鑽・開学序

 鯖さんの板の一支国さんスレをお借りして、御書拝読研鑽をあれこれ綴ってましたが、撰時抄拝読研鑽の途中で拝読運動冥伏(笑^^;)してしまってましたので、今日から当ブログにて、拝読研鑽運動を再開したいと思います。^^
寝る子は育つと言いますが、はたして、冥伏する子は育つのでしょうか(爆)^^;

撰時抄で地に倒れましたので、撰時抄の始めから地を押さえて立ち上がるように拝読学習し直します。
お待たせ致しました
(って誰も待っていないという空気をひしひしと感じながら)
^^;
でわでわ…





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  1. 2010/06/02(水) 00:00:00|
  2. 御書学習
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「『御書』に学ぶ」に学ぶ・1

 撰時抄を池田先生が大白4月号6月号で講義されてます。

手持ちに講義書が無ければ、自分で研鑽するしかないですが、わざわざ先生が講義されてるのが手元に有るのに、それに習わないのは筋違いになるので、先生の講義が有るときは、優先的に、先ず、その講義を学んでいこうと思います^^
(決して自己研鑽を怠るという意味ではありません あしからず^^;
うまいことゆうたなぁ(爆^^;)

まずは、大白の講義の範囲 御書256頁~266頁14行目まで講義されてますので、その範囲の御書本文を通しで拝読し、先生の講義を通しでまずは3回熟読したいと思います^^

その後、随時、所感を記していきたいと思います^^

では通し読みに取り掛かります^^






  1. 2010/06/04(金) 00:00:00|
  2. 御書学習
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「『御書』に学ぶ」に学ぶ・2

 池田先生の講義によれば、「時を撰ぶ」とは、「広宣流布の時として末法を選び取る」との意で、
末法に出現の大聖人が、「時」の本質を会得された方であり、「今の時を生きる民衆」を苦悩から救うため、その「法」を弘めていく。その「法」とは、法華経の肝心、寿量文底の南無妙法蓮華経であり、その大白法を掲げ、世界広宣流布の時を創る不惜の戦いに大聖人が一人立ち上がられた。そして、わが弟子等も、この戦いに続け、と結ばれている。これが「撰時抄」の大意であります。
そして池田先生自身も、民衆の幸福と世界の平和のために、「人間のための宗教」をいかに弘めるかの一点を思索し、行動に移してきました。とりわけ、この50年、広宣流布の一切の責任を担い、「撰時抄」に仰せの如く、「時」に焦点を結び、行動すべき「時」を選び、大聖人の御精神を現代社会に宣揚するために真剣に戦ってまいりました。
と本抄を講義されてます。

創価三代に亘る会長もこの「時」の戦いに不惜で戦われ、これでもか、これでもかと、広宣流布の『時』は『今』であることを講義全編を通じて強調しておられます。

弟子の戦いを全うする挑戦に努力を惜しまず、頑張っていきたいです '-'





  1. 2010/06/05(土) 00:00:00|
  2. 御書学習
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撰時抄 研鑽・1

 今日から間違ってたら罰は自分が受けるという覚悟の上で、「撰時抄」を読み砕いて研鑽してみようと思います。^^;(大聖人様つまらぬ弟子で申し訳ありません;)

『撰時抄』256頁~
建治元年(1275年文永12年の4月に建治に改元)54歳御作
釈子(釈子とは一往は釈尊の弟子をいい、再往は文底の釈尊たる久遠元初の境涯をほしいままに受け用いる身の弟子ということで、地湧の菩薩を自覚された立場と拝せます)日蓮 述ぶ(ここに宣言します)

仏法を学ぶのならば必ず最初に「時」を習わなければならない。
過去の仏の大通智勝仏(法華経化城喩品第7に説かれる、三千塵点劫というむちゃくちゃ過去に法華経を説いたといわれる仏)は出世して十小劫というとてつもなく長い期間一経も説かなかった。経にいわく「一坐十小劫」またいわく「仏は時のいまだいたっていないことを知り、請いを受けても、黙って坐したまま説かなかった」と経にある。今の仏の教主釈尊は成道してから40余年間法華経を説かなかった。経には「説く時が未だ至らない故に」とある。老子は母親の胎内に80年いた(居すぎやろ(笑)^^;)。未来の仏の弥勒菩薩はとそつの内院(欲界第4天の名前)に籠(こも)って56億7000万歳を待った(って超~待ち過ぎやろ~^^(爆)しかし、この弥勒菩薩ちょくちょく出てきてめっちゃ気になるなぁ(笑)^^)



  1. 2010/06/06(日) 00:00:11|
  2. 御書学習
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撰時抄 研鑽・2

(256頁4行目~)
時鳥(ほととぎす)という鳥は鳴き声で春を送り届け、鶏鳥(にわとり)は暁(あかつき)が来るのを待ち夜が明けてやっと鳴く。畜生であってもこのように時を大事にする。仏法を修行する立場の人間ならば尚更のこと時というものが大切であり、いかなる仏法を行ずる時かを先ずは、はっきりさせなければならない。
釈尊がはじめて煩悩を寂滅し無上等正覚を得て華厳経の悟りを説いた寂滅道場には十方の諸仏が現れ一切の大菩薩たちがあつまり、梵天も帝釈天も四天王も竜神・八部の衆も手を合わせ凡夫衆や大根性の者たちは耳をそばだて菩薩の境涯を得ているものたちが説法の要請をしたけれども、釈尊は二乗作仏や久遠実成の法の名字を秘(かく)し即身成仏や一念三千の肝心、その意味を説かなかった。
これらは、ひとえに機根は有っても、時が来ていないので説かなかったのである。経には「説く時がいまだ来ていないため」とある。逆に、霊山会の法華経を説く時には、閻浮提のなかで一番の不孝者の阿闍世(アジャセ)大王も法華経の会座に参列し、一代謗法(ほうぼう)の提婆達多でさえ天王如来との未来成仏の記別が与えられ、五つ障りがあるとされてる女人の竜女でさえも蛇身を改めることなく、その身のままで成仏した。
声聞や縁覚は仏にならないと決定されていた決定性のものたちであったのが、法華経に来て成仏できたことは、炒った種から花が咲き果(み)がなり、久遠実成は100歳のお爺さんが25歳の青年の子供になったように疑ってしまう程不思議なことである。
一念三千の法門は九界即仏界・仏界即九界と誰しもが成仏する教えと説く。
ならば、この法華経の一字は不思議で尊い如意宝珠である。一句は持てばそのまま仏の種子となる。これらのことは、機根の熟・不熟に関わらず【時】の至れるしわざである。経には「今正しく是れ其の【時】なり、決定して大乗を説く」とある。


(あれ?!゚。゚機根に関係なく一切衆生納得いく大乗の仏とは【生命】のことですね^^まさしく【仏とは生命なり】です^^
【法華経は生命論】
ならば
【時とは生命】ですね^o^/
機根の段階関係なしですな!十界互具やから!どの立場からでも成仏出来ると説く法華経やから!^。^ヤタッ!)




  1. 2010/06/06(日) 00:00:12|
  2. 御書学習
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撰時抄 研鑽・3

 256頁14行目~
(ここから問答形式に御書が展開されていきます^^)

【問】衆生の機根が熟していないのに大法を説けば、衆生は誹謗して悪い結果を招く。こうなれば説く側の罪になるんじゃないのでしょうか?

【答】人が道を作る。道に迷う者がいたら、道を作った者が悪いと言うのですか。迷う者の落ち度というものでしょう。
また、医師が薬を病人に処方しているのに、病人が嫌がって服用せずに死んでしまったとしたら、医師が悪いというのでしょうか。せっかく薬を与えているのに服用しなかった病人側の落ち度というものでしょう。

【問】法華経の第2には「何も知らない人にこの教えを説くな」と。また第4には「あちこちにむやみやたらに人に与えるな」と。また第5には「この法華経はあらゆる仏たちを成仏させる功徳を備えている蔵である。いろんな教えの中でも最も優れている教えなので、永きに亘り大切にして、軽々しく説くのではない」と。
これらの経文によれば、衆生が教えを受け入れる機根が熟していなければ説くなということを言ってるんじゃないんですか?

【答】お言葉を返すようだが、不軽品には「それでも言います。私は深くあなた方を尊敬します。大衆の中には悪心を抱いて悪口を言って、『何も知らない修行者め!』と罵るでしょう。また、物を使って暴力をふるってくるでしょう」と。また、勧持品には「いろいろと何も知らない人から悪口を言われたり、刀や杖で危害を加えられ迫害を受けるであろう」と。
これらの経文では、悪口や罵倒や暴力を受けたとしても強いて法を説くとなっていることをみれば、機根に関わらず法を説くと経にはあります。法を説く人の落ち度ではないでしょう。


  1. 2010/06/07(月) 00:00:03|
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撰時抄 研鑽・4

 機か?時か?問答が続きます^^

 257頁8行目~
【問】先程の両説はそれぞれ言いぶんが水火の関係で逆説になってるように思われますが、どのように捉(とら)えたらいいのでしょうか?
納得いく解答を求めます。

【答】天台が言うには「時に適しているかどうかで判断する」と。天台の弟子の章安が言うには「取捨選択してごっちゃにしないように」と。
この解釈の意味は、
ある時は、謗らなくてもしばらくは説かない時もある。
またある時は、謗っていようとも強いて説くほうが良い時もある。
またある時は、一人は信じても、万人が謗るようであれば説かない時もある。
またある時は、万人が一同に謗っても強いて説く時もある。
釈迦は30歳で成道してから多くの教えを説くたびに、大勢の弟子や諸天や衆生やましてや父や母に縁していたが、それでも40余年間も一番大事な教えの法華経を説かなかったのである。
結局のところ、衆生の機根で判断せずに、時が来ていなかったので説かなかったのです。


(まさに撰機じゃなくて、撰時ですね^^)



  1. 2010/06/07(月) 00:00:04|
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撰時抄 対話・5

 撰時抄の対話の読み解き挑戦続けてみます^^
【問人】…質問者・対話相手
【答人】…日蓮大聖人
 (257頁17行目~)
【問人】どんな時に小乗経や権経を説いて、どんな時に法華経を説くのですか?

【答人】信心し始めの初心者から体験をいっぱい積んだベテランの大菩薩にいたるまで時と機を知り判断することは難しいです。ましてや私達は凡夫です。どうして簡単に時と機を知ることができましょうか。

【問人】え!? それじゃ、少しも知ることができないんでしょうか?

【答人】あえていえば、『仏眼』ともいうべき経文に照らし合わせて時や機を知って判断し、『仏日』ともいうべき経文に照らし合わせて国土の現実を知っていくことです。



(判断は経文に還れ!というのが大聖人の一貫された姿勢ですね^^)




  1. 2010/06/08(火) 00:00:05|
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撰時抄・6 仏眼仏日とは経文のこと

 仏眼でありまた仏日でもある仏自身が説かれた『経文』によって時や機を知るべきだとの大聖人の意見に対して、対話が続けられます^^

 258頁2行目~
【問人】それはどういう意味でしょうか?

【答人】それは、釈迦仏が大集経において月蔵菩薩に対して未来の『時』を定められて述べておられます。
それによりますと、釈迦仏が入滅されてからまず第1の500年間は、正しく仏道修行をする者が多くいて悟りを開くことができる時代で「解脱堅固(げだつけんご)」の時代と定められてます。それから次の第2の500年間は、人々が大乗経を修行して、心を静めて仏を思う行に励む時代で「禅定堅固(ぜんじょうけんご)」の時代と定められてます。
(以上1000年間を正法時代といいます。)

そして次の第3の500年間は、経典の読誦や説法を多く聞くことが盛んになる時代で「読誦多聞堅固(どくじゅたもんけんご)」の時代と定められてます。
そして次の第4の500年間は、多くの寺院や仏搭が造られることが盛んな時代で「多像搭寺堅固(たぞうとうじけんご)」の時代と定められてます。
(以上、正法時代の次の1000年間を像法時代といいます。)

そして次の第5の500年には、釈迦仏が説いた仏法のなかでそれぞれの修行者の主張の争いが盛んになり、紛らわしくわかりにくくなり、正しい法が隠没してしまうであろうと予言されておられます。
(以上、正法時代・像法時代の2000年以降の時代を末法の時代といいます。)



(仏法が次第に形骸化していき、正しい法が隠没する末法に我々は生まれ合わせたんですね'_'主師親の三徳を具備されてる大聖人の仏法をさらに真剣に学んでまいります '〇'/)




  1. 2010/06/09(水) 00:00:00|
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撰時抄・7 末法

 末法の現状と真実について大聖人の語らいは続きます^^

 258頁4行目~

【答人】ところがこの『末法』という時代の修行について、人々の考え方はさまざまであります。

中国の道綽禅師や日本の法然は、「末法に入ればそれまでの白法が消滅するので念仏を唱えたらいい」
と釈尊の経に依らない悪思想を主張して、わが日本国は一同にこの悪義に染まってしまい今に50余年に至ります。

わたくし日蓮はこれらの念仏の悪義を破折することにことに力と時間を費やしてきました。

かの大集経の白法隠没の時は今の時代であることは疑いのないところであります。

但し、かの白法隠没の次には、釈迦仏自身が『法華経』において、釈迦多宝十方諸仏が見守るなか、上行菩薩等の地よりか湧きたる菩薩に付属された法華経の肝心である『南無妙法蓮華経』の大白法があります。末法においては、この妙法こそ全世界の人々が唱え伝え広宣流布していく経であります。



(御書に八万の国の王臣下並びに万民までもとあります。

八…八とは開く義です。
万…万とは末法万年塵未来際です。
国…国とは民衆や世界です。

なので末法の全世界中の人々に開かれた末法真実の経が日蓮大聖人の勅命を承った地よりか湧きたる創価学会SGIが大聖人のこの撰時抄の御文を現実に証明していることになりますね
\(^o^)/)





  1. 2010/06/10(木) 00:00:00|
  2. 御書学習
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撰時抄・8 証文

 「末法は、法華経の肝心である南無妙法蓮華経の大白法が、一閻浮提(全世界)に広宣流布する『時』である。」
と大聖人が宣言されました。
そして更に対話は続きます。^^

 258頁18行目~
【問人】その証文はどこにあるのでしょうか?

【答人】法華経第7巻の薬王品第23には「我が滅度の後、後の五百歳の中に広宣流布して、この閻浮提において断絶させてはならない」とあります。
この経文は、釈迦仏滅後のいろいろな500年単位の時が説かれた先にも述べました大集経の、第5の500年の「白法隠没」の次の時を明確に説かれていて、「広宣流布」!と明言されておられます。

また、法華経第6巻の分別功徳品第17には、「悪世末法の時、能く是の経を持つ者」とあります。

また、法華経第5巻の安楽行品第14には、「後の末世の法が滅しようとする時」とあります。

また、法華経第4巻の法師品第10には、「しかもこの法華経は如来の現在にすら、なお怨嫉(おんしつ)が多い。ましてや如来滅度の後には、さらに多い」とあります。

また法華経第5巻の安楽行品第14には、「一切世間には怨(あだ)が多いので信じがたい」とあります。

また、法華経第7巻の薬王品第23には、あの大集経で説かれてた第5の500歳の「闘(言+争)堅固」(とうじょうけんご)の時の様子が説かれてて、「悪魔や魔民やもろもろの天、竜、夜叉(やしゃ)、鳩槃荼(くはんだ)等のいろんな名前の怪物が怨(あだ)となってその便りを得るであろう」と明記されてます。

また大集経には、「我が仏法の中において、闘い言い争い訴訟沙汰になったりするであろう」とあります。
さらに法華経第5巻の勧持品第13には、「悪世の中の出家者」とか、「あるいは閑静なところに居て」とか、「悪鬼がその身に入る」とか明記しておられます。



(これらのものと戦うために『悪世末法の時に経を能く持つ』創価の使命大なり!
 '〇'/)




  1. 2010/06/10(木) 00:00:01|
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撰時抄研鑽・9 文の心

 大聖人が対話のなかで更に文の心について語られていきます^^

 259頁6行目~
【文の心は】第5の500歳という「末法」の時、悪鬼が身に入った大僧(位が高く崇められている立場の僧侶)らが国中に充満する。

その時に、『悪世末法の時に能く是の経(南無妙法蓮華経)を持つ者(信心の行者)』である【智人】が一人出現する。

そして、かの悪鬼が身に入った大僧が、時の王臣や万民に語らって、悪口を言って罵倒したり、杖や木や瓦礫(がれき)などで迫害してきて、流罪や死罪にしようしてくるであろう。

その時に!釈迦・多宝・十方の諸仏がまず地涌の大菩薩らに仰せ付け、大菩薩はまた梵天・帝釈・日月・四天等に申しくだして謗法を責めていかれるために、諸天は反応され、その時に天変地異が盛んに起こるであろう。
それでも国主等がその諫めを用いずに、謗法を続けるならば、隣国に仰せ付け、それらの国々の悪王や悪比丘等を責めていかれるならば、
【※前代未聞の大闘じょう】が一閻浮提(全世界)に起こるであろう。

その時に、日・月が照らすところの四天下の一切衆生は、戦禍に襲われ、あるいは国を惜しみ、またあるいは我が身を惜しむがゆえに、一切のそれぞれの信仰の仏菩薩に祈りをかけるが、一向に治まらず解決するあてがなく困り果てる。
そして、ついに、万民がただの一人の小僧だとそれまで憎(にく)んでいた『悪世末法の時、能く是の経を持つ者』たる『一人の智人』を信じて、無量の大僧や八万の大王や一切の万民が、ことごとく頭を地につけ、掌を合わせて一同に南無妙法蓮華経と唱えるであろう。
それは、例えば、神力品の十神力の時に、十方世界の一切衆生が、一人も残らず娑婆世界に向かって大音声で釈尊に帰命したように、南無妙法蓮華経と唱えるであろう。


【※】「どんなことがあっても第3次世界大戦は断じて起こさせないという使命からも、我々は第2次世界大戦をもって『前代未聞の大闘じょう』と【決定】しよう!」

と池田先生は東西冷戦、また核拡競争が全世界で渦巻く中、「学会精神」として、また「撰時抄の魂」として宣言されました。




  1. 2010/06/11(金) 00:00:00|
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撰時抄・10 学習

 しっかし、気付けば固っいブログになってしまった^^;(苦笑)
御書学なので、いたしかたないのもあるが、罰は自分持ちということで、出来るだけ現代用語に挑戦したいと思います。
『義に依って、語に依らざれ』だ!^^;
意味合いの本筋だけ変えないように心して、できる限り日常用語に近付けてみたいです。(大聖人様、勝手なことを言って本文を汚して申し訳ありません ^人^;)


 対話が続きます^^

 259頁15行目~
【問人】なるほど!経文は明快ですね!
ところで天台や妙楽や伝教は未来のこと何か言ってますか?

【答人】未来を何か言ってますか?ってあなたの言いぶんはあべこべですよ!
いろんな人師の発言を聞いて、じゃあその発言は仏が説いたどの経に依るものか?というのならわかりますが、仏がハッキリと経に説いておられることなのに、人師は何んと言ってるのか?っていうのなら、人師が違うことを言ってたとしたら、あなたは経のほうを捨てて人師の発言のほうをとるとでもいうのですか?!

【問人】まったくおっしゃる通りです。すいません。…ただ、僕も凡夫ですから、つい…、遠き仏の経よりも近い人師の発言を聞けば納得がいき、信心を深めることができるかなぁと思いまして。つい…尋ねてしまいました。





(^^;ん~ん…分かりやすくなるけど、めっちゃ長ったらしくなってしまいますな…
厳しいですし、短く分かりやすく伝えるってほんまに難しいですね^^;
ちょっと今後のブログの展開考え直してみますわ(笑)ん~………すいません
m(_ _)m)






  1. 2010/06/11(金) 00:00:01|
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撰時抄・11 戦う人用の書

 そうかねっとさんより有難い改善アドバイスを頂きましたので、試行錯誤しながら挑戦していきたいと思います^^。

 (259頁18行目~)
【大聖人の発言が続きます】
「今云く汝が不審ねんごろなれば少少釈をいだすべし」
(あなたが真剣に考えておられるようですので、いくつか人師の言葉をあげてみましょう。)
「天台大師云く」
(天台大師が言うには)
「『後の五百歳遠く妙道にうるおわん』」
(『後の500歳という末法の時代に入れば遠く未来永劫に妙法が流布して人々の心や暮らしや国土を利益して豊かにうるおっていくでしょう』と言っておられる。)
「妙楽大師云く」
(妙楽大師が言うには)
「『末法の初め冥利無きにあらず』」
(『末法の時代が始まれば下種の利益が必ずあるでしょう』と言っておられる。)
「伝教大師云く」
(伝教大師が言うには)
「『正像稍過ぎ已つて末法太だ近きに有り法華一乗の機今正しく是れ其の時なり、何を以て知ることを得る、安楽行品に云く末世法滅の時なり』」
(『正法時代や像法時代が過ぎ去って、末法の時代がすぐそこまで近づいている。妙法を流布するのはまさにその時である。何でそれを知り得たかと言えば、法華経の安楽行品に末法の世で正しい法が混沌としていい
  1. 2010/06/12(土) 00:00:02|
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撰時抄・12 戦人用明書

 ※言いたいところでぶつ切りになってしまった嗚呼(>_<)
撰時抄・11の続きです。

【伝教の釈の最後のほうです】
「『経に云く猶多怨嫉況滅度後と此の言良に以有るなり』云云」
(『法華経法師品には仏が存在されていた時ですらなお怨嫉がひどく盛んに起こっていたのに、仏が滅度された後にはさらに怨嫉がひどく盛んに起こってくるであろう。との仏が説かれた経の言葉は
まことに重要なことを明かされている真実の言葉である。』
と伝教も述べておられる。)




☆大聖人は、今の末法という時代において、三類と戦う人に【だけ】バッチリ納得いくように【御書】を遺されている!!!
いわば『戦う人用に明かされている書』が御書なんだ!!!
御書とは戦人用明書なり!
\(◎o◎)/
激励の生(なま)の声が、ど真ん中からビンビン伝わってくるように認(したた)められているんだ!!!
と感じました
L(・o・)」

感謝のなかの大感謝なりです(超嬉涙々)☆






  1. 2010/06/12(土) 00:00:03|
  2. 御書学習
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撰時抄・13 あれこれ

 人それぞれ あれこれ 想うこと 感じること 立場 執着 みな違うのは当たり前なので 御書拝読を通して 思うがままに 価値的に向上し 学んでいくのがいいと思うし 各人各様にしか 拝せないし それでいいと思うし そうしかできないと思います なので あらためて 個人的にひっかかりを感じて調べて へ~ ってなったことや なるほど! ってなったことや よし頑張ろう!となったことを 思うがままに 自由に書いていこう と思います なにかのたしになりますように
^^





  1. 2010/06/13(日) 00:00:01|
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撰時抄・14

 さて釈尊の出世は地球の住劫期の第9回目の増減の減の時期の、人の寿命が100歳とされてる頃に出現されました。
その100歳と10歳の増減を繰り返す中間に生きる人々のために法を説かれました。
まずは在世50年。
そして正法像法2000年。
そして末法10000年未来永劫の人々のためにです。

その期間に法華経が流布する時が2度あります。

いわゆる、釈尊在世の8年間。そして釈尊滅後末法の始め500年です。

それなのに天台や妙楽や伝教たちは、釈尊在世当時の法華経に生まれ会えず、また、末法の法華経の時にも生まれ会うことができずに、中途半端な時に生まれてしまったと思い、その事を嘆いて、末法の始めを恋い慕って、このように書かれたんです。



【260頁4行目~7行目・通解に挑戦^^;】

☆成住壊空の住劫とかのスケールからいったら、ほんまに今、末法の一人として大聖人の仏法を学び、広布の団体に所属してるって奇跡的な確率やなぁ

ブログ革命の試行錯誤は続きます^^
  1. 2010/06/14(月) 00:00:01|
  2. 御書学習
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撰時抄・15

 天台・妙楽・伝教らが末法の時代に生まれ会うことが出来なかった悔しさを例えるのに、大聖人は『例(れい)せば阿私陀仙人(あしだせんにん)が悉達太子(しったたいし)の生れさせ給いしを見て悲んで云く』と故事をあげられてます。
阿私陀仙人はバラモンの長老で、悉達太子は釈尊の出家前の太子であった時の名前でシッタルダの音写です。

阿私陀仙人は釈尊が産まれたときに、赤ん坊の釈尊の相を見て、「あ!この子は将来、仏になるかたじゃ!…だがわしはもう90歳を越えておるので、この子が将来仏となり説法するときには、わしは生涯を終えているのでその座に連なることができん。…さらに正像末にもわしは生まれ合わせることができん。…無念じゃ…」
と悲しんだとのことです。

そして大聖人は、
『道心(どうしん)あらん人人(ひとびと)は此(これ)を見きき(聞)て悦(よろこ)ばせ給(たま)え』
と言っておられ、末法の今の広宣流布の時代に生まれ合わせたことを歓喜していきなさい。と仰っておられます。^^

\(^o^)/





  1. 2010/06/17(木) 00:00:00|
  2. 御書学習
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撰時抄より・16

 大聖人は、正・像2000年間にたとえ大王として生を受けることよりも、『末法の今の民』として生きていること自体が、どんなに有難く素晴らしいことかと強調されておられます。

そして、『彼(か)の天台の座主(ざす)よりも南無妙法蓮華経と唱うる らいにん とはなるべし』と仰せられ、
たとえ邪宗の偉いさんとして生まれても【時】の教えじゃ無いので害毒のみで何の利益も無い。
逆に、たとえ重病の苦しみを背負っているかたであっても南無妙法蓮華経という【時】の教えを実践出来るという立場で闘えるほうが幸せなのである。
と【時】が優れていると断言されておられます。

そして、中国の南北時代の梁(りょう)の武帝(ぶてい)というかたが道教(どうきょう)を捨てた時の願いの言葉を引き合いに出され、
『寧(むし)ろ提婆達多(だいばだった)とな(成)て無間地獄(むけんじごく)には沈むとも欝頭羅弗(うずらんほつ)とはならじ』と故事を紹介されます。

欝頭羅弗は外道の仙人で、若き釈尊が出家したときにあちこちで盛んに修行をしてたなかの仙人の一人です。
釈尊は欝頭羅弗に教えを受け外道の修行をしましたが、すぐに欝頭羅弗の教えを理解します。しかし、教えに満足がいかずに、そのもとを離れ、その後菩提樹の下で魔を克服し、自分も宇宙も共に永遠の生命なり と悟達します。そして梵天の勧めを承って、法を説き始めようとしたとき、「あ!この悟りを欝頭羅弗さんに語ろう!きっと理解されることだろう!」と喜んで欝頭羅弗のもとを訪れましたが、欝頭羅弗は釈尊が悟りを開く約7日前にこの世を去っていたとのことです。

結局、敵対したが仏法に縁することが出来た 逆縁の人 提婆達多にはなっても、敵対はしなかったが仏法に縁することができなかった 無縁の人 欝頭羅弗 にはなりたくない


と時の教えに巡り会う尊さ、不思議さ、有り難さを 大聖人はいろいろな故事を引かれ 末法に生まれ合わせたことを繰り返し強調されておられます。

^^




  1. 2010/06/18(金) 00:00:00|
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撰時抄より・17

【260頁13行目~260頁15行目まで】

 問人(対話相手)が答人(大聖人)に、竜樹や天親といった論師たちは自分たちが天台や妙楽や伝教たちが末法に生まれ合わせることが出来なかったと嘆いたように、『此の義(自分たちの時代が南無妙法蓮華経が流布する時ではない)』との発言はないのか? と質問してきます。
それに対して大聖人は、『竜樹や天親たちは内心には知っていたが、あえて 言わなかった』と答えます。

そして、その理由として、
(1)機なし
(2)時なし
(3)迹化のため、本門の付ぞくなし

と理由を述べられます。



※我々学会員は、
(1)万機どんな機根の人であれ、その身のままで成仏できる凡夫即極の大聖人の仏法を実践して異体同心の信心を行じています^^
(2)文字通り末法万年未来永劫にいよいよ輝き亘る大聖人の仏法を流布する末法に生まれ合わせています^^
(3)本化地涌の菩薩として、広宣流布の付(口+属) ふぞく を承って、大聖人直結の信心を実践しています^^




  1. 2010/06/20(日) 00:00:01|
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撰時抄より・18   付法蔵

【260頁15行目~】

 問人が『求めて云く願くは此の事 よくよく きかんとをもう』と、このことを詳しく教えて欲しいと願い出ます。

それに対して大聖人は、『答えて云く 夫(それ)仏の滅後二月十六日よりは正法の始なり』と、釈尊が入滅した翌日の2月16日から正法時代の始まりである と言って末法に到るまでの時代の流れを詳しく問人に語っていかれます。

正法時代は、迦葉(かしょう)20年、阿難(あなん)20年、商那和修(しょうなわしゅ)20年、優婆崛多(うばくった)20年、提多迦(だいたか)20年の五人で100年間は小乗経を弘めた。

次いで、弥遮迦(みしゃか)、仏陀難提(ぶっだなんだい)、仏駄密多(ぶっだみった)、脇比丘(きょうびく)、富那奢(ふなしゃ)等の4、5人が大乗経を少しあらわしたが、これといって弘まらず、小乗経をメインに弘めた。

以上の500年間は、大集経の五箇の五百歳でいうところの、第1の500年の
解脱堅固(げだつけんご)の時代です。



※仏法を伝え弘めたといわれる付法蔵(ふほうぞう)のうちもう10人の名前が最初の500年間で登場してきました^^

末法まで先は永いど~(笑)^^



  1. 2010/06/21(月) 00:00:00|
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撰時抄より・19

 ※竜樹や天親たちは末法の大法を知っていたけど弘めなかった ってなんか凄いですな(笑)
それをさらに見抜いておられる大聖人がずば抜けて恐ろしく凄いです。^^;

 【261頁2行目~】
正法時代の後半に仏法を弘める代表選手たちが続々と出てきます。

馬鳴菩薩(めみょうぼさつ)、
毘羅尊者(びらそんじゃ)、
竜樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)、
提婆菩薩(だいばぼさつ)、
羅喉尊者(らごそんじゃ)(※ごという字の口へんのところが目へん)、
僧イ去難提(そうぎゃなんだい)、
僧イ加耶奢(そうぎゃやしゃ)、
鳩摩羅駄(くまらだ)、
闍夜那(しゃやな)、
盤陀(ばんだ)、
摩奴羅(まぬら)、
鶴勒夜那(かくろくやな)、
師子(しし)、

と13人名前があがり、先の500年のメンバー10人と合わせて23人登場しました!^^


※ '.'; ん?『付法蔵24人』ってよく聞いたりしてたので、おかしいなと思い調べてみました(笑)。

すると『付法蔵経』では23人で、『阿育大王経』では付法蔵の第2番目の阿難(あなん)から第3番目の商那和修(しょうなわしゅ)へ伝授する間に、阿難から末田地(別名・末田提)(までんち・別名までんだい)という人も付法蔵を受けていると説かれてあり、そこから順番が一つずつズレて、24人とのことです。
さらに、これの初めに釈尊を加えて25人説というのもあるとのことです。

大聖人はこの【撰時抄】においては23人説で御書に取り上げられてます。^^

※『当位即妙 本有不改』(とういそくみょう ほんぬふがい)
といって、

今の時代は、誰人も常に十界互具する『生命』だから立場を改めずに、また新旧関係なく、御本尊を直接信じて広宣流布の実践をすれば即身成仏できるという『末法の法華経』に僕たちは巡り逢い文字通り『末法』のど真ん中を生きているので、使命の道をまっしぐらに進んで行きましょう。
\(^o^)/




  1. 2010/06/22(火) 00:00:00|
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撰時抄・20

 大白7月号届きました。\^^/
配達員さんいつもありがとうございます。m(,,)m

先生の撰時抄講義
【勝利の経典『御書』に学ぶ】をしっかり学んでいきたいです。





  1. 2010/06/24(木) 00:00:00|
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撰時抄講義より・1

 池田先生の大白7月号撰時抄講義より抜粋(2010-7大白蓮華48㌻)

「すべての元凶は慈覚にありとすら言えるのです。
末法の白法隠没を決定的にするのは、時代の悪さでも、民衆の機根の低さでもありません。正法を守るために【戦うべき人が戦わないこと】こそ、法滅を決定づけるのです。」


「いかに時代が悪くても、また、いかに悪人が多くても、【戦うべき人が戦えば】、必ず大白法興隆の時を迎えることができるのです。
その戦いの先駆者が上行菩薩です。」


★元凶か、それとも先駆者か…




妙 厳し
(みょう きびし)
慈覚 上行
(じかく じょうぎょう)
紙一重
(かみひとえ)

  ・。・赤ポス




  1. 2010/06/25(金) 00:00:00|
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御書学習・25

『撰時抄』(268頁)
「総じて月支(インド)より漢土(中国)に経論をわたす人・旧訳(くやく)・新訳に186人なり 羅什三蔵(らじゅうさんぞう)1人を除(のぞ)いては いづれの人々も誤(あやま)(※言偏が立心偏)らざるはなし」

インドから中国へ経論が渡る際の翻訳者が186人もいてたことを確認されてる大聖人が凄まじく凄いです^^

その中で鳩摩羅什(くまらじゅう)1人だけが正しく翻訳して、その他の185人は皆何処か間違って翻訳していると大聖人が仰ってます。
この言葉を受けて質問者が なぜ羅什だけが正しい訳経者と判るのですか? と質問してきます。

大聖人は「此の事は余が第一の秘事なり」と仰って、続けて有名な舌が焼けなかった故事を紹介されます。
羅什はインドの言葉も中国の言葉も精通していて正しく伝えたとよく言われてますが、この御書のところをよく吟味すると、実は大聖人御自身もインドの言葉や中国の言葉に精通されておられるからこそ、羅什の徳を見抜いておられたんだ!と感じます。それを秘事と仰っておられるものと推察致します。(大聖人様間違ってたら申し訳ありません^^;)

「仏教を習ふ法には大小・権実・顕密はさてをく これこそ第一の大事にては候らめ」
と仰っておられ、正しく翻訳することが一番大事と強調されてます。

やっぱり、これを知っているということは、大聖人は梵字・漢字をお読みになることができる証拠だと思います。

まったくもって凄いです!^^

余談ですがこの羅什は、常不軽菩薩のことを、他の訳者は「軽んじられていた菩薩」と訳したのに対して、【軽んじなかった菩薩】と訳したとのことです。
客観的じゃなく主観的に訳されている特徴がありますね^^

羅什の最高級名訳は、言うまでもなく
【妙法蓮華経】です。(感謝)


お世話になってます^^




  1. 2010/07/30(金) 00:00:00|
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御書学習・26

 『撰時抄』292頁17行目終わりまで拝読。
「仏は説き尽し給えども 仏滅後に迦葉・阿難・馬鳴・竜樹・無著・天親・乃至 天台・伝教の【いまだ弘通しましまさぬ最大の深密の正法 経文の面に現前なり、此の深法・今末法の始(はじめ)五五百歳に一閻浮提に広宣流布すべきやの事不審極り無きなり。】」

正法時代像法時代にまだ広まっていない【最大深密の正法】がはたして本当に広宣流布されるのだろうかと問人の求道心を刺激するように大聖人が不審を立てられます。

「問う いかなる秘法ぞ 先ず名をきき(聞)次に義を きかんと をもう」

問人が秘法の名前と意味を教えて欲しいと言ってきます。

「此の法門を申さん事は経文に候へば やすかるべし 但し此の法門には 先ず三の大事あり」

大聖人はそれは経文を見ればはっきりしていることだ と言われ、「此の三の わざわひ とは所謂(いわゆる)念仏宗と禅宗と真言宗となり」
と、本尊戒壇題目の三大秘法をここでは問人に応えられずに、まず法華経に対する【謗法】を責めておられます。
池田先生の講義に依ると「『最大の深密の正法』を明かすには『顕正』と『破邪』の両面があります。本抄では、まずは『破邪』を表に立てて論じられています。」
と講義されてます。

日本国に法華経誹謗の充満する現実に即して、まずは破折から行動に移される大聖人は、【末法の法華経とは現実の現状自体を変革していく教えだ】ということを身をもって示されている。と感じました。広宣流布は「破邪」「顕正」両面に亘る活動ですね。



  1. 2010/08/13(金) 00:00:00|
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御書学習・27

 大聖人は念仏宗・禅宗・真言宗をそれぞれ仏の説かれた経文を根本にして破折されていきます。

そして、「欽明より当帝にいたるまで七百年 いまだ きかず いまだ 見ず 南無妙法蓮華経と他人をすすめ我と唱えたる智人なし」
「日蓮は日本第一の法華経の行者なる事 あえて疑ひなし、これをもつて すいせよ 漢土 月支にも 一閻浮提の内にも 肩をならぶる者は有るべからず」
と【一閻浮提第一の法華経の行者】であるとの、深き強き確信を宣言されます。
「問うて云く 正嘉の大地しん 文永の大彗星は いかなる事によつて出来せるや」
と問人が大地震や大彗星の天変地異の瑞相はどういう訳があるのか尋ねてきます。
それに対して、大聖人は天台の釈をひかれて「智人は起を知り 蛇は自ら蛇を識る」
と自覚している確信を端的に述べられます。
さらに問人は「問て云く【心】いかん」
と、その心は?と突っ込んで尋ねてきます。
それに対し、
「答えて云く 上行菩薩の大地より出現し給いたりしをば 弥勒菩薩・文殊師利菩薩・観世音菩薩・薬王菩薩の 四十一品の無明を断ぜし人人も 元品の無明を断ぜざれば愚人といはれて 寿量品の南無妙法蓮華経の 末法に流布せんずるゆへに、此の菩薩を召し出されたるとは しらざりしという事なり」
と大聖人は大地震大彗星の天変地異は、上行等の地涌の菩薩を呼び出す瑞相である!と確信され、悪の根源の元品の無明を断じる妙覚の法華経の行者とは実は御自身であられる!との確信を吐露されます。
「日蓮は凡夫なり、此の事を しるべからず といえども 汝等にほぼこれを さとさん」
と御自身は凡夫であると御謙遜されながらも、「ほぼこれを さとさん」と問人の目の前に存在する大聖人御自身が誰なのかを、経文から観ても、諸天の大瑞相から観ても、理路整然と問人が気付くようにうながされます。
そして、大瑞相は念仏者や禅宗や真言宗の者が大聖人に迫害を加えることに対して諸天が怒っている現証である。と大宇宙規模の一切法を所持された上行菩薩の徳を現実に示されます。

悪人ありという事疑いなし。
また、
智人ありという事疑いなし。

凄すぎます\@@/





  1. 2010/08/14(土) 00:00:00|
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御書学習・28

 『撰時抄』
 この上行等の地涌の菩薩について、池田先生は、
「【生命尊厳・人間尊敬】の新しい世界を築くことこそ【我が使命なり】と目覚めます。そして、困難な現実にも敢然と立ち向かって、変革と創造の【道】を歩み始めるのです。
これが、法華経に説かれる【地涌の菩薩】です。
一人の変革から、万人の変革へ、世界の変革へ、正義と希望の波動を広げていくことが【地涌の義】であります。」

と講義されてます。

元品の無明を断じる【道】を、現代人の言葉で、しかも宗教用語じゃなく誰にでもわかる言葉で、

【生命尊厳・人間尊敬】

との根本的な人類の指標を講義で述べられます。

この指標の道を人類の万人が歩み続けるならば、悲惨な戦火なき国土が必ず現出すると感じます。


池田先生が法華経方便品寿量品講義や法華経の智慧を連載されてる時代には、阪神淡路大震災やヘールボップ彗星やハレー彗星などの大瑞相が起こってましたが、


……これは秘すべし秘すべし
です。'';


池田先生は撰時抄講義の締めくくりにて、
「世界広宣流布の絢爛たる実証へ、『身命も おしまず 修行して 此の度 仏法を 心みよ』との御聖訓を身で読む時は、まさに【今】この時です。
人類の境涯を開く、私たちの不惜身命の大闘争は、いよいよ、これからなのです。
  撰時抄講義・完」
「世界広宣流布五十周年の時に
わが愛する青年部に
【閻浮提広宣流布】の
未来の一切を託しつつ――」

と結ばれて託されておられます。

(嗚呼僕壮年部や~
と嘆かずに(笑)、常に青年の志、心意気で、未来永劫の令法久住の万人三世成仏の為の【今】と自覚して、精一杯随力弘通に努めてまいります。''/
霊山一会 永遠たれ!あとは弟子側!
日天も月天も明星天も梵天も帝釈も魔王も舎利弗も、み~んな見てはる''
やるしかない!)






  1. 2010/08/14(土) 00:00:01|
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御書学習・29 報恩抄

 久しぶりの更新になります。すいません。自らを叱咤し、鼓舞しながら、また大聖人の御書を学んでいこうと思います。^^;

 大聖人は西暦1222年(承久4年)2月16日、日本国土、安房小湊(あわのこみなと)の貫名重忠邸(ぬきなしげただてい)に三国の太夫(みくにのたゆう)というお父様と梅菊女(うめぎくにょ)というお母様のもとに漁師の子として、生を受けられました。
童名は善日麿(ぜんにちまろ)という名前だったとのことです。
そして西暦1233年5月12日、12歳のときに安房国(あわのくに)の清澄寺(せいちょうじ)に登られ、道善房(どうぜんぼう)を師匠として、仏教を学んでいかれます。

そして、西暦1237年10月8日、16歳のときに、出家剃髪(しゅっけていはつ)されて、是生房蓮長(ぜしょうぼうれんちょう)と改名されます。

そして、鎌倉に遊学に出られ、比叡山に登り宗教の奥義をきわめられ、その後数年にわたり、京都や奈良や高野山等をも究め得たものを確認されるかのように仏法を研鑽されます。
そして、西暦1253年(建長5年)4月28日、32歳のときに、故郷に帰り、清澄寺の諸仏坊の持仏堂の南面で題目を唱え、諸々の宗教の邪義を破折され、『南無妙法蓮華経』との第一声を師子吼されます。
そして、末法の法華経の行者との御自覚から自らを『日蓮』と名乗られます。

仏教研鑽の旅から別人のようになって帰ってきた弟子の姿に触れ、道善房は、「ぎょっ!ぎょえ~(*[]*) 知らんで知らんでワシャ知らんで~!」
(このセリフは言ったか言ってないかは定かではありません。あしからず。m(_ _)m)

となってしまい、そばでは、地頭の東条景信が怒り心頭!

とばっちりを恐れてた道善房は、自分のほうから師弟関係を断ち切って、シレ~っと敵側に回りました。


{つづく^^/}





  1. 2010/08/21(土) 00:00:00|
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御書学習・30 報恩抄

{つづき}

 (報恩抄の入り遠すぎましたかな(笑)^^;)

 さて、シレ~っと敵側に回った道善房に、大聖人は心を痛められながらも、なんとか悟達したところのものを御伝えしたいと想われながらも、なかなか会う機会がなく、弘教を続けていかれます。

その後11年程月日は流れて、西暦1264年(文永元年)11月11日、大聖人が43歳のときに、東条の小松原で、東条景信らの襲撃に遭われ、頭に傷を被り、左腕を折られます。(小松原の法難)
その3日後の11月14日、大聖人は亡き父の墓参りと病身の母のお見舞いのために郷里に戻られてましたが、師匠の道善房と会う機会は「今しかない!」と思い立たれ、大聖人は道善房と久しぶりに対面され、「念仏を捨てて、法華経を信仰してください!」と厳しく諫められます。
しかし、道善房は臆病の心に負けて、「ん~そうはいってもなぁ~それはちょっと…」と心を濁します。
ところがどっこい!大聖人のもとに、なんと道善房が法華経を持つに至る!という知らせが舞い込んできます。
大聖人は「師匠はついに邪見を翻し、善人になられた!法華経の経文のままに申し上げたことが通じたんだ!日蓮はとうとう師匠のご恩を報じることができた!」と大変喜ばれました。
しかし、西暦1271年(文永8年)9月に竜の口の法難、10月に佐渡流罪と50歳の大聖人に激しい大難が降り続く中で、佐渡に流されてる大聖人に対して、ただ一度の便りも寄こさない事実を鑑みて、「結局、法華経を信じてはおられない…」と、またも道善房は信心していないと気付きガッカリされます。

何度裏切られても、幼少の頃からお世話になった道善房を、大聖人は決して見捨てませんでした。


{つづく(;;)}




  1. 2010/08/21(土) 00:00:01|
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