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赤ポスの随力筆喜

報恩抄 愚釈(19)

(愚釈18の続き^^)

 法華経の文にはさらに、『況滅度後』(きょうめつどご)(いわんや・めつどの・のちをや)と言われております。
これは、釈迦が入滅した未来の時代には、先に述べた大難よりも更に厳しき怨嫉や迫害の大難がある と説かれております。
仏であっても忍びがたき大難であるというのに、凡夫はどのように忍べばいいというのでありましょうか。ましてや、仏の在世よりも大きな大難がある と言うではありませんか!
どのような大難であるのか?
それは提婆達多が長さ3丈(約9m)広さ1丈6尺(約4m80cm)の大石を仏に落としてきたり、アジャセ王が酔った象を仏の前で暴れさせたりした大難でもかなりの大難であるのに、それよりも勝る大難である というのであれば、
『小失なくとも大難に度度値う人をこそ滅後の法華経の行者とはしり候はめ』
少しも悪い事をしていなくとも、大難にたびたびあう人こそが【法華経の行者】であるということを自覚致しました。




(☆大難は法華経の行者という名目における宿命とも言えますね。
おのずと、それと戦い続ける使命も本来法華経の行者である限り必然ということですね。
 '-')





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  1. 2010/12/02(木) 00:00:00|
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受難の方程式

 新・人間革命の第22巻が届いた。
嬉しい。^^
厳しい。^^;

冒頭、「新世紀」の章では聖教新聞の紙上座談会の模様が克明に描かれている。

そのなかで、広布の歴史は受難の歴史ともとれる方程式が述べられている。

日蓮大聖人の時代も、「世間の失(とが)一分(いちぶん)もなし」と大聖人には、社会的な違法行為など全くないのに、不当な手段で斬首の迫害に遭われる。
それが失敗すると、今度は、念仏者らが放火や殺人を行ったのを、日蓮の弟子たちの仕業だ!と讒言して、大聖人は佐渡流罪となる。
何も悪いことしていないのにだ。(`-´)
熱原法難では、大聖人門下の農民信徒が田の稲を刈り取り盗んだ とのでっち上げの罪で「刈田狼藉」を働いたと迫害に遭われる。

戦時中の牧口先生戸田先生らは信教の自由を無視した、軍部政府の都合のためだけに造られた「治安維持法」という悪法による迫害を受けた。
戦後、悪法は撤廃され、日本は民主主義国家になるが、学会への迫害は続く。

大阪事件では、一部の会員が起こしてしまった事件を、学会総体へと転化させて池田先生を迫害してきた。

新・人間革命の「新世紀」の章には巧妙さを増して迫害が続くことが述べられてる。

【32頁の本文より抜粋】
『つまり、個人的な過失や問題を、学会総体の違法性として転化させていく手法である。これらの歴史は、法難と冤罪の構図を浮き彫りにしている。
 さらに、根拠のない噂話を捏造して喧伝し、それが事実であるかのように騒ぎ立て、捜査や法的制裁の対象に仕立て上げようとすることもあろう。また、法解釈をねじ曲げて、学会の諸活動が違法であるとして、弾圧を企てることもあろう。
 社会の制度は変わっても、むしろ、巧妙さを増して、迫害は続くのだ。そこに、正義を貫く仏法者の、受難の方程式がある。』


と述べられています。
『巧妙さを増して、迫害は続くのだ。』
『巧妙さを増して』
である。

仏道修行の途上には必ず三障四魔が競い起こることを、天台も摩可止観第五にて、重要な注意事項として述べられている。
「行解既に勤めぬれば三障四魔【紛然】として競い起る乃至随う可らず畏る可らず」
紛(まぎ)らわしくやってくる。
【三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり】(御書1091頁)
 ''/




  1. 2010/12/05(日) 00:00:00|
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ブログ名変更

 鯖さんの板にて
御義口伝のなかで自身のひっかかりを質問してて、
両重の総別という答えを不思議にも自宅にある本に頂き歓喜したので、
これを機に
ブログ名を随力筆記から随力筆喜へと
変更させて頂きます。



  赤ポス拝^^





  1. 2010/12/07(火) 00:00:00|
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不忘書留

 忘れないうちに記し留めておこう。^^

 この前、鯖さんの板での質問解決の喜びを忘れないうちに書き留めておこう。

 まず感謝は、真剣に悩んで求めたら、不思議にも教えて頂いた【不思議さ】です。
 これが、内容よりも先に来た喜びです。^^

 そして、内容で通じて【納得し直した事】は、

妙法蓮華経如来。
釈迦仏法の時代の如来・仏は釈迦。

南無妙法蓮華経如来。
大聖人の仏法の時代の如来・仏は大聖人。

牧口先生の時代の広宣流布の指導者は牧口先生。

戸田先生の時代の広宣流布の指導者は戸田先生。

池田先生の時代の広宣流布の指導者は池田先生。


という事に歓喜しました。^^


 内容を忘れないうちに書き留めましたが、あまりにも、又、あまりにも、当たり前な内容なので、喜びの内実は伝わらないかも知れません(爆)
あしからず^^;
(すいません^^;)

忘れないうちに感動を書きましたが、

『んで、それがどうかしましたか?』

と訊ねられたら、それ以上、上手く表現できません。^^;

でも、


でも(なんで二回言うねん)、


いつか自身の感動がもし薄れてきたときに、見直して、

『せやった^^せやった^^(嬉)』

ってなるように書きました。

おわり。^^/
(小学生かっ)(笑)







  1. 2010/12/10(金) 00:00:00|
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対告衆(たいごうしゅう)

 『対告衆』(たいごうしゅう)を持っている小辞典で調べたら、
『仏が説法する時の聴衆の代表者で、仏はその人を中心に説法する。釈迦仏法の対告衆は舎利弗(しゃりほつ)や文殊(もんじゅ)、弥勒(みろく)などである。』

と書いてあります。

戸田先生の講義によると、【文上(もんじょう)(教相・文面上でそのまま読めば)】、舎利弗、文殊、弥勒ですが、【文底(もんてい)(観心・御本尊の立場から読めば)】、われわれです。と講義されてます。^^

われわれが朝夕勤行唱題するときの方便品の仏は御本尊であり、対告衆の舎利弗はわれわれに当たります。^^

寿量品の仏も御本尊であり、対告衆の弥勒はわれわれに当たります。^^

われわれは文底仏法の実践者です。

大聖人の生命哲学の実践者です。

一閻浮提総与の御本尊の対告衆の弥四郎国重って方も、実は、文底観心から読めば、われわれであります。^^

大聖人直結・御本尊直結の信心で、いわば【御本尊仏(ごほんぞんぶつ)の不二の弟子】の誇りを持って、日々広宣流布の為に頑張っていきたいです。^^/

外用の立場では、学会員として、堂々と化儀の広宣流布に日々全力で生き抜いてまいりましょう。
\^o^/





  1. 2010/12/15(水) 00:00:00|
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報恩抄 愚釈20

(『如来現在 猶多怨嫉』釈迦が母のお腹に居るときから、産まれ、そして青年になり、出家し、悟り、法を説き始め、法華経を説き尽くし、涅槃に入るまで、ズーッと民衆仏法を流布させまいとする第六天の魔王とのあくなき闘いを貫きました。そして『況滅度後』と遺言し、さらに滅後に迫害が競うであろうと覚悟を促しました。)

(愚釈19の続き^^)
(297頁17行目~)
『付法蔵の人人は四依の菩薩・仏の御使いなり』
(四依の菩薩とは仏の滅後、正法を護持し、正法を弘通し衆生済度の中心人格となる菩薩。)となってますから正法を保ち民衆を救済していく民衆リーダー・民衆指導者に当たる方ですね。
『提婆菩薩(だいばぼさつ)は外道に殺され』
この方は提婆達多とはまた別人の方ですね。^^
付法蔵という正法時代に正法を流布する付属を承った方々の第14の迦那提婆(かなだいば)という方で、迦那とは片目のという意味で一眼を天神に供養したために片目となったとのことです。(・ー*)

この迦那提婆さんは多くの外道のものたちと法論して、ことごとく折伏していったとのことです。
なかに凶悪な外道の一人がその事を恨んで、隙をうかがい、迦那提婆を刺したとのことです。
しかし、迦那提婆は逆に、自分を刺した外道の狂愚を憐れんで、救ったとのことです。
悲嘆にくれる弟子たちに対して、「自分が殺されるのは先業の罪を消すためである」と言い終わり、死んでいったと伝えてられているとのことです。(・ー*)

※余談ですが、戸田先生は牧口先生の未来のことを、「妙法流布の国の王子として誕生されていることでしょう」と話されていたとのことです。

因果応報は三世の生命観に立って、心して生きてゆきたいものです。

('o')/





  1. 2010/12/21(火) 00:00:00|
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実質決定深義

 新・人間革命 厳護14 にて実質上の戸田先生の後継者が池田先生に決定したことを明かされています。
【1951年(昭和26年)1月6日】

なんと!
\(゚д゚;)/

戸田先生が第二代の会長に就任する4ヶ月も以前に、池田先生が第三代の会長に就任することが実質上決定していたとは!
(゚д゚;)
牧口・戸田両先生の師弟不二で広布の会が誕生し、戸田・池田両先生の師弟不二で広布陣頭指揮に立ち上がられたこの深義!

どこを切っても金太郎飴
如く
どこを切っても師弟不二
です!

凄すぎます!
\(゚д゚;)/






  1. 2010/12/24(金) 00:00:00|
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微妙な一念

 前回のブログ記事で、微妙な一念の違いをJunkDarkさんにご指摘頂きました。
本当は訂正又は消去するべき記事かも知れませんが、Junkさんのご指摘が鳩摩羅什の舌の如く輝いているため【大事】と拝し、記事とコメント両方そのままにさせて頂きます。^^
深謝m(,,)m

昨日12月25日付けの新聞の先生のメッセージの中に先生が戸田先生の厳戒をあげられてます。
『人生はちょっとの違いで決まる。
ちょっとのところでいい加減になり横柄になり油断して崩れてしまう』
と。

この厳戒とJunkさんのご指摘を同じものと受け留めて、
さらなる精進に努めてまいります。''/

Junkさんありがとうございました!^^





  1. 2010/12/26(日) 00:00:00|
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目標

 来年の個人目標決まりました^^

①折伏1
②100万遍唱題やりきること
③御書読んでいくこと
④斧さん推薦書籍まず1読んでいくこと

この目標に挑戦頑張ります!^^/






  1. 2010/12/29(水) 00:00:00|
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捉(とら)え方の妙

 新・人間革命 第22巻 新世紀 の章のなかで、経営の神様と言われた松下幸之助氏と池田先生の会談の模様が詳しく綴られています。
その本文(90㌻)のなかに、

【また、よく松下は、『先生にお目にかかっていると、何かしら元気がわいてくる。お会いできるだけで嬉しい』と語っていた。それは
“常に、人に元気を与える人たれ”
との指導であったのであろう。】

と綴られています。^^
語り手側の松下氏がそう取るように意図的に語られたことなのか、意図せず、何気なく語られたことなのかは僕は解りませんが、池田先生はこの一言を
【との指導であったのであろう】という捉え方をされています。

説き側語り手側の智慧も勿論ありますが、読み手側聞き手側の智慧も大事なことなんだなぁと思いました。^^

大聖人も法華経の文字を仏なり 金言なり との捉え方をされています。

捉え方一つの違いで、何気ない一言を金言に変える読解力というか智慧というか、先生のこの【捉え方】が物凄いなぁと思いました。^^

戸田先生の何気なく語られたことも、ことごとく実現されている池田先生の捉え方に多くを学んでいきたいです。

池田先生の何気なく語られる一言も甚深の指導なんだ!と捉えて、報恩行に地道に取り組んでいこうと思います。^^







  1. 2010/12/30(木) 00:00:00|
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新年イウ゛

 創立80周年の最終日。
正直複雑な一年だった。
すべての縁した方々に心から感謝。
来年の目標は決まった。
あとはやりきるのみ。
工夫だ。創意工夫だ。
いかに楽しくやりきって、なおかつ目標達成する事への創意工夫だ。
変わり者ならば変わり者ならでわの努力をしよう。(笑)
面白い一年にしたい。
地道な個人の斗いが、自他共の幸福につながる夢のような現(うつつ)のような一年にしたい。
工夫だ。新しい創意工夫だ。
壮年部だが、変わり者の青年部として生きていこう。(笑)
新しい創意工夫だ。
フフフッ…この独り言は誰も聞いていない。フフフッ…








って公開されてるしーーー(笑)^=^;
一年間見えない皆様ありがとうございました。
^^/








  1. 2010/12/31(金) 00:00:00|
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