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赤ポスの随力筆喜

一輪のそのまた八分咲き

 2011年人材・躍進の年明けましておめでとうございます^^/
今年は大晦日そして元旦と家の外に約40cmの雪が積もり、会館での新年勤行会が中止になったと地区婦人部長より連絡があった。
ここ何年間では珍しい元旦の積雪だ。
婦人部の方々の間で配布されたものと思われるが、「桜満開唱題表」なるものが何枚かあったので、一枚頂いた。
今までは、大学ノートにサシで縦に線を引き、項目を分けて、
【月日】に日にちを書き【曜】に曜日を書き【朝】に朝の勤行出来たら○を書き【夕】に夜の勤行出来たら○を書き【刻】に何時何分から唱題を始めたかを書き【時】に何分唱えたかを書き【数】に何遍唱えたかを(1時間3000遍換算で)書き【計】に唱題数の累計を加算して書いていく。というものを手作りで毎年一応やっているが、塗りつぶしていくタイプのいわゆる「唱題表」なるものは使ったことがなかった。

頂いた「桜満開唱題表」なるものを仏壇の横の壁に画ビョウで貼り付けた。
その唱題表には桜の木のイラストがかいてあり、たくさんの花びらが満開に咲いている。一つの花びらの真ん中は○でなかに順番に塗りつぶしていく数字が書いてある。○の周りに五枚の花びらが付いていて、○と周りの五枚の花びらの6箇所を塗りつぶして一輪塗りつぶしたら60分つまり1時間唱題があがったことになる。
試しに朝の勤行時に唱題20分あがったので、ピンク色の蛍光ペンで①と花びら一枚△を塗りつぶしてみた。
その後、今さっき、勤行無しで題目のみ30分追加で唱えたので、新たに3つ花びらをピンクの蛍光ペンで塗った。

何気なく唱題後に壁を見て、全体の八分咲きならぬ、一輪の八分咲きの桜の花を見て、

「…なんかほのぼの楽しいなぁ^^」
と思った。

この歳になって、「塗りつぶし型唱題表」デビューだ(笑)^^


一輪の八分咲きの桜の花びらを見て塗りつぶし型の唱題表の愉しさ初めて味わいました^^/

あーめっちゃ楽しい^^






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  1. 2011/01/01(土) 15:46:29|
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一輪

 夜の勤行と10分の唱題追加する。

今年は上々の滑り出しだ。
嬉しい。^^

まず一輪桜が咲きました。


チラチラと壁に貼り付けた唱題表の一輪桜をコーヒーを飲みながら、花見酒ならぬ、桜一輪見珈琲しています。

はい。わたくし、ニヤニヤしております。^ー^
(はい、ひかないひかない(笑))


『口の喜とは南無妙法蓮華経なり』(723頁)

今年は良い年にするぞ!
^^/
















  1. 2011/01/01(土) 21:14:08|
  2. 随筆
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報恩抄 愚釈21

 (最初鯖さん管理の鯖板の、一支国スレの中で、一支国さんからの有り難きタイミングからの、御書拝読挑戦の有難い呼び掛けを受けて、拝読を決意し、御書の表紙からズーッと拝読挑戦していき、途中冥伏(笑)後、再び自ブログにて、拝読挑戦のあまりタメにならない記事を書き込んで参りましたが、自分自身の信心に基づく責任上の問題から、完全なる大渋滞(笑)を引き起こしてしまい、はじめの頃の純粋なる『御書を学ぼう』という姿勢が、気付けば、イバラの道(笑)に入り込んで、ニッチモサッチモいかない状態になっているのであります。(アカンガナ(笑)^^;)
なので、よくよく自らの信心に叱咤激励し(自分に激励はベツニエエヤロ(笑)^^;)純粋なる御書拝読挑戦への建て直しを図りたいと思います。^^
今、現時点では報恩抄でまだまだ終わりそうに無いですが、ともかく、一旦、報恩抄の愚釈が終了した時点で、本来の純粋なるいわゆる学会員らしい(何が純粋なのか僕が発言すれば更にヤヤコシクナルダケデスガ(笑)^^;)御書拝読挑戦並びに御書学習・御書研鑽に軌道修正したいと思います。^^
なので、報恩抄が終了するまで、大聖人の意に反すれば、罰を受けるのは自分自身というのは変わりませんが、ともかく報恩抄の終わりまでは愚釈に挑戦して、何故この御書に三大秘法を最後に明かされ、報恩行の書とされたのかを、おおまかな大意を、中高時代に歴史のテストでクラスで最低点を採ったことのある(自爆)僕であっても、なるほどこういう訳(わけ)か。ということを自分なりに把握してみたいと思います。
報恩抄以降は純粋拝読路線に致します。
m(,,)m
    赤ポス拝

…って()カッコ書きだけで今回の記事終わってしもたやん。アカンガナ(笑)ナンジャコレ(爆)^^;/)







  1. 2011/01/02(日) 00:00:00|
  2. 随筆
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池田先生

 今日は池田先生のお誕生日です。
おめでとうございます。
\(^o^)/
(この祝いが届いているか届いていないかは誰にも分かりません(爆)^^;)

釈尊が自分自身と宇宙生命が共に一体で永遠であることを、釈迦仏多宝仏二仏並坐の儀式として表現し、計り知れない大宇宙大銀河次元の真実として生命の永遠を明かしました。
釈迦も多宝も真実は宇宙生命自体つまり南無妙法蓮華経如来ですが、それぞれの使命を受けて、釈迦は釈迦仏の姿、多宝は多宝仏の姿として法華経という永遠の生命を明かす舞台に登場しました。
天台も一念三千という法理を説き、宇宙生命の一念が三千大千世界に亘ることを明かし、誰人にも仏界の生命が宿っていることを明かしました。天台も真実は宇宙生命つまり南無妙法蓮華経如来ですが、天台は天台大師という姿として登場し、天台に縁する時代の衆生を利益しました。
日蓮大聖人は宇宙生命自体つまり南無妙法蓮華経如来ですが、凡夫の姿で登場され、真実の自分自身と宇宙生命の姿と力を三大秘法の南無妙法蓮華経如来としてはっきりと図顕され開示悟入され尽くし、南無妙法蓮華経如来つまり御本尊如来として厳然たるお姿と一切衆生を必ず救いきる力を示され、宇宙生命の真実の姿を明かされ、末弟に本尊流布を託され、冥の照覧の姿で厳然と見守っておられます。
その全世界本尊流布の大使命を受けて、創価SGIがこの大宇宙の使命の舞台にそれぞれの姿で登場しました。みんな一人一人の真実は宇宙生命自体つまり南無妙法蓮華経如来つまり御本尊如来であります。
それぞれの使命の舞台にそれぞれの使命を持ってそれぞれの姿で登場しているのであります。
真実南無妙法蓮華経如来の本領発揮を成し遂げて、使命を果たし、直接の広布の師匠に応えてまいりたいと思います。
無数の南無妙法蓮華経如来の皆様と共々に永遠の妙法広布の旅に躍進してまいろうではありませんか!
オー
\(^o^)/








  1. 2011/01/02(日) 00:00:01|
  2. 随筆
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慙(慚)(ざん)

 先生は聖教新聞元日第2部に山本伸一の名前で随筆「我らの勝利の大道36」を執筆されています。
そのなかで、大聖人が乙御前の母・日妙聖人に「今一重強盛に御志あるべし(1220頁)」と「日本第一の法華経の行者の女人なり(1217頁)」と讃えられた母に対して
【あえて】「今一重強盛に」と御指導されていることについて触れておられます。

普通斗(たたか)いきった婦人に対して、「よくやりましたね。あとは、余生をゆっくり楽しんでください。」
と言うところを、
【あえて】
「今一重強盛に御志あるべし」と
【更なる】信心強盛に躍進していくように促(うなが)されています。

「これだけやったからもういい」という生命を、一念のたゆみを、破折されているのであります。

僕も壮年部になってますが、それを【逃げ】の理由にする事を廃して(猛省)^^;、更なる、新たに、青年の気概を持って、「今一重強盛に」とのこの御文を肝に銘じて挑戦してまいります。

これぞ!
『御義口伝に云く
七宝とは聞(もん)・信(しん)・戒(かい)・定(じょう)・進(しん)・捨(しゃ)・慙(ざん)なり(739頁)』

の【慙(ざん)】という七宝の最後の宝であると心して、躍進の年を勝利してまいります。
''/






  1. 2011/01/03(月) 00:00:00|
  2. 随筆
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音声

 題目を唱えることによって初めて、自他共に確認できる状態の「音声」として出現し、妙法が我が身に具わっているという見えない「妙なるもの」を誰人にも確認できる状態で、出現させることが出来るという「空」の証明を可能にしました。
見える姿で出現されたのが御本尊で「観心の本尊」「受持即観心」。つまり言うなれば、「体験の本尊」であります。
朗々たる実践で生命力豊かに、福運を積み、自他共の幸福に向け精進してまいります。
今日で4輪咲きました。(嬉)^^

\(^o^)/(^人^)







  1. 2011/01/04(火) 00:00:00|
  2. 随筆
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妙道

 学会総体には『広宣流布』の大願成就の御本尊が存在しています。
まるで牧口先生のコンパクを留めたかのような御本尊であります。
戸田先生が創価学会の総意を以て請願され、時の猊下日昇上人より直接戸田先生にお下げ渡しになりました。
池田先生が新・人間革命 厳護22で、
「『大法弘通慈折広宣流布大願成就』とお認(したた)めの御本尊の御前で、創価学会の信心には、世界一、宇宙一の大功徳があることを宣言しておきます。」
と大確信を述べられています。

文上でいうところの「我本行菩薩道」の文の底に一大事が秘されているって言われてるのだから、仏法史上この『広宣流布』の御本尊は並々ならぬ、超重要一大事の御本尊だと確信しています。
仏法史上度外視できないはずです。日寛上人が御存命ならば、どのような意義付けをされておられたことでしょう…………
まぁ後世の宗教学者の方々がどのように意義付けされようとも、僕の内なる確信は朽ちないです。^^
意義付けは勝手におまかせしておきます。^^

本化の地涌を自覚して、自行化他に亘る題目に挑戦し、妙道を歩み続けてまいります。''/










  1. 2011/01/07(金) 00:00:00|
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不思議

 犬がワンワンと吠える。鶏はコケコッコーと鳴く。
という常識は日本限定のことらしい。
外国では犬がバウバウと吠えるという国があるとのこと。鶏はクックドゥードゥルドゥーと鳴く国もあるらしい。
同じ動物を指していても音の表現が違う。
不思議な事だなぁ。^^
五字の妙法はインドではサダルマフンダリキャソタランというらしい。
中国では妙法蓮華経だがいわゆる中国なまりというか中国のイントネーションで日本とは微妙に違うんでしょうか…。^^

七字の妙法は
南無妙法蓮華経。
ナンミョウホウレンゲキョウ。
で世界中不変の音声表現で征き亘るのというは不思議な事だなぁと思います^^

世界共通語だ^^

さらに三災七難を解決する秘術っていうんだから、宇宙共通語だ^^
一閻浮提共通語だ^^
不思議な事ですね^^
【御書】を拝したら
『経とは【一切衆生の言語音声を経と云うなり】、釈に云く【声仏事を為す之を名けて経と為す】と、或は【三世常恒なるを経と云う】なり、
法界は【妙法】なり
法界は【蓮華】なり
法界は【経】なり
(708頁)』
と出てました^^

【御書】の別の頁に
『此の法華経には
我等が【身をば法身如来】・
我等が【心をば報身如来】・
我等が【ふるまひをば応身如来】
と説かれて候へば、
此の経の一句一偈を
【持ち信ずる人は
皆此の功徳をそなへ】候、
【南無妙法蓮華経と申す】は
是れ一句一偈にて候、
然れども
同じ一句の中にも
【肝心】にて候、
南無妙法蓮華経と唱うる計りにて仏になるべしや?と、
此の御不審【所詮】に候・
一部の【肝要】
八軸の【骨髄】にて候。(1402頁)』

と出てました^^

肝心肝要の七字の妙法を宇宙のどこであろうと確信と誇りと感謝を持って唱えきって生死生死の妙道を躍進して参ろうではありませんか。
\(^o^)/

今年は今のところ1日1時間ペースで躍進できています。^^
まだ今年になって1週間だけですが地味に嬉しいです^^
七輪咲きました。
^^/






  1. 2011/01/07(金) 00:00:01|
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三身即一

釈迦・多宝・上行
無作三身如来
心・体・振舞い
(一人の生命に本来具わる徳を明かして表現している!
\(^o^)/
なおかつ十界の生命も本来みんな一人一人に具わってるから日蓮大聖人が御本尊にしたためられた姿そのままだ!!!
\(^o^)/)
御本尊・戒壇・題目
日蓮大聖人・大宇宙・創価SGI
(裟婆世界に使命を頂き今再び出現したんだ!!!
\(^o^)/
無作三身如来の皆様万歳!!!
\(^o^)/
特に地涌の自覚躍進の皆様万歳!!!
\(^o^)/)


ここで一句(嬉&恐縮&慶祝^^)

地涌出でて
  三身永遠
    明かされし

   赤ポス拝^^

(青年部と思いたい壮年部より(爆)^^/
え~;…皆様万歳(爆)
\(^o^)/
\(^o^)/
\(^o^)/)






  1. 2011/01/10(月) 00:00:00|
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久遠元初

 みんな一人一人が常に久遠元初を生きている尊き使命の一人なり
''/




(愚釈ほったらかしやなぁ'';(慙)…地に倒れたものは地に依って立つ…信行学頑張ります''/
流れる水は腐らないだ!''/)








  1. 2011/01/11(火) 00:00:01|
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報恩抄 愚釈22

 (久々の愚釈です。すいません。)
(297頁17行目下のほう~)

『師子尊者(ししそんじゃ)は檀弥羅王(だんみらおう)に頭(こうべ)を(勿+リ)(は)ねられ』

師子尊者は付法蔵の最後の伝灯者といわれる方です。
釈尊滅後1200年前後に中インドに生まれ、鶴勒夜那(かくろくやな)という方から法を受け、ケイヒン国という国で仏法を流布しました。
そのケイヒン国の国王の檀弥羅王は邪見が強盛で多くの寺塔を破壊し、多くの僧を殺害し、ついには師子尊者の首をも斬ったとのことです。
そのときに、一滴の血も流れず、ただ白い乳のみが涌き出て、檀弥羅王の右臂は刀を持ったまま地面に落ち、七日後に命を終えた といわれています。
また、別の説では、檀弥羅王は仏法に帰依していたが、外道に騙されて師子尊者の首を斬った
とする説もあるとのことです。


(☆さぁここです。僕がながいこと【ひっかかり】悶々としていたのは。(笑)'';

【一滴の血も流れず、ただ白い乳のみが涌き出た】ってところ!…
文上的解釈では奇想天外なことになります。
文底的解釈ではいろいろな憶測が横行してしまいます。…
例えば、正しい法を弘める者には命に及ぶ迫害がある。…
とか、正しい法を弘める人を決して断じ尽くすことはできない…とか…因果応報の教え…とか…宗門と学会の関係とか…いろいろな考えで悶々としてました。'';

「義に依って語に依らざれ!」
大聖人はこの御書のここの箇所では『師子尊者は檀弥羅王に頭をハねられ』と法を弘める者に命に及ぶ迫害がある一事例として挙げておられ、詳細は省かれておられます。
なので、僕も今後の人生に覚悟を持って進んでいかねばと拝して前へ進んで行きたいと思います。''/
流れる水は腐らない!だ。
源泉枯れることを知らず!だ。

解らずとも信じて歩みを先へ進め【大聖人の仰りたい大義の大地】へ向け躍進してまいります。
('o')/GO~!)






  1. 2011/01/15(土) 00:00:00|
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人間

【2011年1月11日聖教新聞(4)面の《学会指導から》という囲みの中の『池田大作全集』第82巻からの池田先生の抜粋指導です】

【結局、人間とは、どこまでいっても、戸田先生が言われたように、
『自分の中にあるものが出てきた』ものである。
それ以上でも、以下でもない。

(中略)

ゆえに大切なことは、『信心』があるか、ないかである。】


(☆信心根本に頑張ります!('o')/)






  1. 2011/01/15(土) 00:00:02|
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太陽と月

 ブツブツ文句言いもってか、実はめっちゃ楽しい~と思いもってか知りませんけど、黙々とひたすらに、運行リズムを貫いて熱と光を発散させ燃えたぎる使命に活きている【太陽】って凄いですな^^

また、麗しさと慈眼で見守る【月】も凄いです^^

大きさも距離も違うのに、大体似通った大きさで太陽と月を地球上から見れるって、不思議なバランスやなぁと思います^^
人間の中にも大宇宙にも太陽と月があることを御本尊は示されてますね(感謝)
^^/(報恩)の日々を活きて往きたいです
^^/







  1. 2011/01/20(木) 00:00:00|
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一極

「帰(き)とは我等(われら)が色法(しきほう)なり
命(みょう)とは我等(われら)が心法(しんぽう)なり
色心不二(しきしんふに)なるを一極(いちごく)と云(い)うなり(708頁)」

先生が講義かスピーチか出元忘れてしまいましたが^^;(スミマセン)、
このように言われているのを僕は覚えています。
それは、
「苦しんでいる場合、心が勝手に苦しんでいるのではなく、また体が勝手に苦しんでいるのでもない。
生命自体が苦しんでいるのである。
その苦しんでいる生命が、苦しい心となって感じ、苦しい表情として現れているのである。
また、楽しんでいる場合、心が勝手に楽しんでいるのでも、体が勝手に楽しんでいるのでもなくて、生命自体が楽しいのが、心にも楽しい心として感じて、体にも楽しい表情となって現れているのである。」との内容でした。^^
つまり「一極」とは生命自体のことです。
それが苦楽を感じ表れる心と体に生じているのです。^^
生命は一念三千と言われてますが、一念といっても部分的な1じゃなく、全体的な1であり、身口意三業の全体、自分の心も体も振る舞いも全部ひっくるめて、自分という本体も為しうる行為も全てひっくるめて「一念」と言われているのであります。^^
「三千」というのは、大宇宙規模まで行き渡っている真実だということを明かすためのものであって、3000種類に分けられているというのは説明であって、実体は1つです。つまり三千とは今の「境涯」のことです。常に1つの何らかの苦楽の境涯をそのまま味わっているのであります。
その三千たる1つの境涯は、一念たる今の自分の身口意三業を原因として得た結果・報いとして味わっている三千つまり今の自分の境涯であります。
原因即結果、一念即三千、業即境涯、
全て自分が招いて、自分が味わっているのであります。
一瞬の生命を切り取って観ても、宇宙大の規模で成り立っているのであります。^^
それが、間断なく永久に続いているのであります。
意識的にせよ、無意識的にせよ、同じような信念本体振る舞いの一念で望めば、即、同じような三千つまり境涯を永久に味わうことになります。
揺るがぬ幸福境涯の確立を望むのであれば、原因即結果、一念即三千、の一念の変革に挑み、生命自体の幸福を掴むために、生命の一極からの出発に望んで参ります。
【早い話が】唱題根本に頑張ります。
ということです(爆)
^^/(マワリクド(爆))

  1. 2011/01/27(木) 00:00:00|
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ドラマ

 かの世も あの世も またこの世

この世とは 十界互具の ドラマなり

   赤ポス拝


 叔父の葬儀を終える。天気予報を覆す快晴に恵まれ叔父の人徳を偲ぶ。
親戚のなかで唯一信心していなかった叔父の弟と自然な成り行きで仏法対話になる。
叔父の弟のほうから話し始めてきたとき、鯖さんが話されていた「折伏できる人を寄越す」って指導の事を思い出し、『あ!きた!』と内心驚愕する('o')/
実は3年程前から叔父の弟の知人から誘われ会合にも出ていて日常の好転への変化の兆しを感じているとのこと。(驚愕)
『機根バッチリやんか!'O'』
叔父の見事な神々しいまでの成仏の相をハッキリと確認してるので、『この信心は嘘やない』と真心を持って話しました^^
叔父の弟の知人の方との繋がりもあるので、僕のほうからは押しきらずに、『確信』だけを真心で伝えました。^^
僕は教学は本人自身がする事であって、『折伏には難しい教学はいらない』と思っている派です^^

しかし、何もかも不思議な縁で出来ていて只感謝だけです。^^
僕は助縁のお手伝いのかけらをしただけで、全く叔父自身が叔父の弟を折伏しているような錯覚を受けました^^

一番感じたのは、叔父の弟の知人さんの定期的な献身的な繋がりと祈りを深く感じました^^

まさか!通夜と葬儀の間に仏法対話できるとは!
全く不思議です^^

『鯖さんほんまにそうでしたわ^^』
と感謝を持って言いたいです。
(^o^)/

ありがとうございました(^o^)/





  1. 2011/01/31(月) 00:00:00|
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寸鉄より

 身内の事情にて、4~5日自宅を空けていたため、帰宅後家の郵便受けに聖教新聞がいっぱい溜まっていた(笑)^^
早速読みたい欲求が歓び溢れ込み上げてくる^^

27日の聖教新聞の
┥寸鉄┝
という囲みに目が留まる''

『広宣流布の悩みは最大の素晴らしき悩み――恩師。
偉大な境涯革命の黄金道』

どうせ悩むんやったら、善いことで悩もうと改めてそう感じました^^

ちょっと不思議に不思議が重なり妙縁の貴さを実感する出来事があり、改めて家の御祈念帳にある方の名前を書き足しました^^/

永遠の黄金道を日々生き抜いてまいります。(誓)('人')
ありがとうございます''/






  1. 2011/01/31(月) 00:00:01|
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