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赤ポスの随力筆喜

踊躍

 このブログを始めて1年が過ぎた^^

早!(笑)

まさに光陰矢のごとしだ^^

池田先生がインド・ブッダガヤの地に訪れ、満50周年だ!
(慶祝)\^o^/

釈迦多宝十方諸仏が末法万人成仏の為に上行に妙法を付嘱(ふぞく)するという虚空会の儀式は日蓮大聖人の人法一箇の御本尊の出現にて、現実のものとなり、虚妄じゃなくなりました^^/
釈迦も多宝も十方諸仏も大嘘つきと言われずに済んだのです^^
大聖人が証明され、すべてに命を吹き込まれたと言っても過言じゃありません^^

その大聖人が遺された御書の「諫暁八幡抄(かんぎょうはちまんしょう)」の
『日は東より出づ
日本の仏法の月氏へ
かへるべき瑞相なり』(589頁)

との未来記を池田先生が証明されました。\^o^/
大聖人が大嘘つきにならなくて済んだのです!
(超凄過ぎ!福徳はかり知れません!無量無辺です'')

SGI万歳!!!
\^o^/

1991年に東洋広布30周年を記念して「東洋広布の盾」が贈られました^^
『日出ずる国の池田先生により
1961年2月4日午後3時30分
月氏国ブッダガヤの地に刻印・埋蔵された東洋広布の石碑30周年を記念して』
とのことです。

それから更に20年月日が流れ、今日50周年の日にSGI員の一人として生きている不思議さと幸せを噛み締め日々報恩感謝に努めてまいります''/
(歓喜踊躍!)
\^o^/






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  1. 2011/02/04(金) 00:00:00|
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星雲

 僕らの今居る地点から大宇宙へ視点を拡げて引き延ばして大銀河大星雲まで引き延ばして観れば、『今』という一瞬の同時刻にて、あるいは今まさに壊れようとしている星もあり、あるいは今まさにガスが集まり星が誕生しようとしている星もあり、あるいは穏やかな営みをしている星もあり、あるいは爆発後の散らばり行く星もあり、
『同時刻』の『今』という『一瞬』にさまざまな多種多様な姿をした無数の星雲たちが、渾然一体となっている。

そこは春とも夏とも秋とも冬とも始まりとも終わりとも途中とも全体を一言では言い表せない『宇宙生命』の姿がある。
この無始無終の生命と同じ生命の法則が、一人の生命にもちゃんと脈打っている。
一人分だけくりぬいて関係無い当体なんて、大宇宙の中には存在していない。一切すべてに往き亘る『不変の本質の生命』である。

『寝溜め食い溜めは出来ない』ように、『寝起き寝起き寝起き』『生死生死生死』という不思議な法則の『宇宙生命』自体で元々出来ている僕らの『命』である。^^

引き延ばしてた視点をパッと『今』の『ここ』の『自分自身』に戻すと、季節もあり、時間もあり、大地もあり、仕事もあり、家庭もあり、友もあり、実際の立場も名前もある事実上の存在に還ってくる。^^
『此の理(り)の住処(じゅうしょ)より顕れ出づるを事と云うなり』(751頁)

この現実現在の自分の生命やみんな一人一人の生命は本来『永遠の生命』で出来ているんだ!と納得できます。^^/

有難い極みです。^^
不思議や!^^/

そして、また悪戦苦闘の日々を楽しんで斗(たたか)ってまいります。^^/






  1. 2011/02/08(火) 00:00:01|
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報恩抄愚釈23

 (297頁18行目~)
『仏陀密多(ぶっだみった)・竜樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)等は赤幡(あかきはた)を七年十二年さしとをす』

 仏陀密多というかたは付法蔵(ふほうぞう)の第8のかたで、仏陀難提(ぶっだなんだい)という付法蔵第7のかたの弟子となり、智解がすぐれていて付法を受け正法を弘めたとのことです。
時の国王は大勢力を誇示し博才であったが、外道を信仰していて仏法を破ろうとしていた。ので、仏陀密多は、その大本を倒そうとして赤幡を持って王城の前で12年間もの間『たのもう~物申す!』『異議あり!』って法論を挑まれた勇者です。
そして遂に王に召聞され、バラモンの長者と宮殿にて法論し、折伏して、仏法に帰依させて、王も邪心を改めて正法に帰依して仏教を保護したとのことです。^^
仏陀密多は内心には大乗教を持ち、外の振る舞いにおいては小乗教で衆生を化導したといわれています。^^

 一方、竜樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)は竜猛とも呼ばれ、付法蔵の第13のかたで、仏滅後700年頃、南インドに出て大いに大乗教義を弘めた大論師とのことです。
後に出た天親菩薩と共に正法時代後半の正法護持者として名高いかたです。
竜樹は生まれつき聡明なかたで、当時の万般に亘る学術に通じ多くの外道を破折したとのことです。
しかし、まだ自分は仏経を究め尽くしていないと感じ、静かなところに閉じ籠り沈潜思索していたところ、これを見て哀れんだ大竜菩薩が、神通力で竜樹を伴って大海に入り、竜王の宮殿で秘密の大乗教典を与えたと伝えられています。^^
学成ってから南インドに帰ったが、時の国王は外道を信じていたので、竜樹はこれを破折するため、赤幡を持って王宮の前を7年間『たのもう~!異議あり!』と往来したとのことです。^^
遂に王がこれを知り、あらゆる外道を破折調伏して大いに国王の敬信を受けたとのことです。^^
形骸化した仏教を大乗教をもって生活指導の仏法とする革命的偉業を成し遂げました。
年齢は不明ですが、ひじょうな長寿であったと伝えられています。^^
御書の順番は逆で、仏陀密多が12年間、竜樹が7年間、赤幡を振る勇戦を成し遂げたとのことです。
やっぱり勇気や!
 ^o^/~~¶





  1. 2011/02/13(日) 00:00:00|
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報恩抄愚釈24

 (愚釈23のつづき^^)
『馬鳴菩薩(めみょうぼさつ)は金銭三億がかわりとなり』
 勢力拡大の為、カニシカ王という王が中央インドへ攻め入って来たときに、攻め入られたほうの王が、戦乱で民衆が苦しむのを避けるために和平交渉をした。カニシカ王は金銭三億(単位は?です^^;)を要求。この地の王は支払能力が無かった為に、その代償として(身代金みたいですな(笑))馬鳴を求めてきた。
逆にカニシカ王は馬鳴に折伏され(凄!)、師と仰ぎ仏教を信奉して大いに仏教を外護したとのことです。^^
教典の第4回の結集もカニシカ王の時代に行われたとのことです。^^

この馬鳴菩薩は付法蔵第11番目のかたで、仏滅後600年頃に出現した大乗論師です。
有名な故事に、鬼弁婆羅門(きべんばらもん)が帷(とばり)の裏側からデタラメなことを次から次へと発言し、多くの人々をたぶらかして迷わせていましたが、アスバクシャ菩薩に正体を見破られ破折され、鬼弁婆羅門は惨め姿を白日のもとにさらされました。
この正体を見破り破折したアスバクシャ菩薩とは、実は馬鳴菩薩だったといわれています。^^

他にも有名な故事に、輪陀王と白鳥と白馬の故事があり、馬鳴菩薩が三世十方の仏に祈ったら、白鳥が現れ、白馬も喜びいななき、輪陀王も回復し元気になり、人々も活気付き、国が安穏になった。と、名前の由来にもなった故事のことを、池田先生も今年の大白蓮華1月号の御書講義にて詳しく紹介されています。
^^/






  1. 2011/02/13(日) 00:00:01|
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独り言

 御本尊は自受用報身(ほうしん)如来って言われてます。
なんで自受用法身(ほっしん)如来でも自受用応身(おうじん)如来でもないの?(笑)
自受用報身如来ってあーた(笑)
難しい言い方して(笑)
気付こうが気付くまいが、地水火風空という不変の本質、永遠の宇宙生命自体が『妙法蓮華経』つまり法身。^^
気付こうが気付くまいが不変の宇宙の永遠の真理です。
自受用法身如来って言わなくても法身で充分です。^^
宇宙の一切森羅万象気付こうが気付くまいが法身です。真理です。
そして、我が身が、自分自身が、妙法の当体なんだ!永遠の生命体なんだ!と気付かれた悟られたその智慧が『南無妙法蓮華経』つまり報身。気付き。覚り。智慧。^^
この覚り。悟り。智慧自体を永遠に明確に示しきり、表明されたのが御本尊。だから南無は文底です。^^
その悟りを表明、明示、決定された日蓮大聖人という姿が応身。凡夫即仏。^^
自受用応身如来なんて言わなくてもいいです。御本尊として、自受用報身如来として、永遠の悟りの姿として現存されてるのですから。^^
異体同心の信心だから、実践の当体は我々一人一人個性のきっつい(笑)我々の当体を改めないで大丈夫なんです。^^
器はそれぞれの姿でいいんです。なにも大聖人のそっくりさんしか成仏できないなんて教えどこにも無いんですから。(笑)^^
ハリボテみたいな姿してても中身無かったら意味無いですから。(笑)^^
一切の当体は皆仏。
凡夫と仏の違いは、気付いているか、気付いていないかの違いだけ。
めちゃめちゃ大きな違いです(笑)^^

有難くも大聖人様は一閻浮提つまり全宇宙に、気付かれた、悟られた、智慧自体を、永遠の気付き。永遠の悟り。永遠の智慧。として御本尊を永遠に明示広宣されました。^^

流布の斗(たたか)いに歓喜精進してまいります。''/
(自分でもビックリするくらい増上慢やなぁと思います(笑)
焼かな治らんなぁ(笑)^^;)





  1. 2011/02/13(日) 00:00:02|
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報恩抄愚釈25

『如意論師はおもひじに(思死)に死す。』
如意論師は仏滅後900年頃に出て、天親菩薩の師匠にあたるかたで、外道の謀略に嵌められて、悔しさのあまり思い悩んで死んでしまった。とのことです。(※ということくらいしか勉強不足で詳しくは知りません。m(,,;)mスミマセン(恥;))

『此れ等は正法・一千年の内なり、』

(これらの方々は正法時代千年間といわれる頃に登場された方々です。)


(提婆菩薩や師子尊者や仏陀密多や竜樹菩薩や馬鳴菩薩や如意論師らの方々は、民衆の幸福のために内には法華経の内実を命では知っておられたけれども、外には【時の法】を命をかけて勇ましく実践された方々ですね。
まさに、内実的には『法華経の行者とはしり候はめ』と大聖人も民衆のために時の斗(たたか)いに徹した方々として、あえて、正法時代の法華経の行者である と位置付けられてますね'-')





  1. 2011/02/15(火) 00:00:00|
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方便

 宿命を宿命として捉えているのは、乗り越えられないと信じている姿だ。

 宿命を【方便】として捉えているのは、乗り越えられる!と信じている姿だ。

 だから宿命は方便だ!

''/




  1. 2011/02/15(火) 00:00:01|
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必要

 そもそも【必要】だから、生まれて来たんだ!^^
すべて深い意味がある!
感謝の中の大感謝!
使命あり!


(入会満27年の日に)
    赤ポス拝^^/




  1. 2011/02/17(木) 00:00:00|
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報恩抄愚釈26

(愚釈25の続き^^)
(298頁2行目~)

 像法時代に入ってから500年、仏滅後から1500年という時に当たり、中国に一人の智人が登場しました。
はじめは智ギという名前で、のちに【智者大師】(天台大師のことです^^)と名乗られました。
天台は『法華経』の意味をありのままに弘通していこうと思っていました。
ところが、天台が登場する以前の百千万という多くの数の偉いさんの方々が、それぞれ、釈迦が説いた教えを判断して、「これだ!」って主張しましたが、結局、10種類の流派に分かれてしまいました。
いわゆる、南三北七(なんさんほくしち)といわれる10流派です。
その10流派のなかでも、特に権威を誇っていたのが、いわゆる南三に入っているうちの第三番目に数えられてる光宅寺の【法雲法師】という者です。


(この御書の登場の仕方ヤバイ匂いプンプンするなぁ(笑)^^)






  1. 2011/02/21(月) 00:00:00|
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報恩抄愚釈27

 (愚釈26の続き^^)

 【法雲法師】この人は釈迦一代が説いた仏教を5つに分類して、そのなかでも優れていると思った経を、この人なりに、3つ経を選び出しました。
それは、華厳経と涅槃経と法華経の3つです。
この法雲法師いわく、
「一切経の中で、華厳経が第一に優れていて大王のようなものだ。第二に優れているのが涅槃経で総理大臣のようなものだ。第三に優れているのが法華経で取り巻きの大臣や議員のようなものだ。それ以外の経は一般市民のようなものだ。」
と言っている。


(ええ加減なこと言うな!`O´(笑))


   (つづく^^)



  1. 2011/02/22(火) 00:00:00|
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報恩抄愚釈28

(27の続き^^)

【法雲法師(ほううんほっし)】この人は元々頭の賢い方で、それにプラスして、慧観(えかん)・慧厳(えごん)・僧柔(そうにゅう)・慧次(えじ)といった偉いさんの方々からいろんなことを習い、それを人々に伝えていった。
さらに、南北のいろいろな人師の思想や主張を折伏してゆき、仏教研鑽の多くの者が学ぶ場に交わり、法華経や涅槃経や華厳経を宣揚した。その功績を称えられ、梁の武帝(りょうのぶてい)という王位のかたから招聘されて、王の住んでいる敷地内に寺を立ててもらい、「光宅寺」と名付けてもらい、法雲法師は篤く保護を受けて、梁の武帝も法雲法師を篤く崇めた。


(華厳経は爾前経やのに皆騙されてるどぉ
`O´法雲ええ加減なこと言うな!
王まで騙されてるどぉ!\`O´/!)



   (つづく^^)





  1. 2011/02/25(金) 00:00:00|
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報恩抄愚釈29

 (つづき^^)

 この法雲法師が『法華経』を講義すれば、「うわぁありがたい!素晴らしい教えだ!」とか「うわぁ~そういうことか~!ありがたいありがたい」とかというように聞き入る人々の天から花が降り注ぐ賑わいは、まるで釈迦仏が存在している時代のような状況である。
また、天カン5年の大旱魃(だいかんばつ)の日照り続きで人々が困っている時に、武帝が法雲法師を招いて法話をしてほしいと依頼して、法雲法師が『法華経』を講義していて、ちょうど薬草喩品第五(やくそうゆほんだいご)の中にある
『其雨普等(ごうふとう)』『四方倶下(しほうくげ)』
(其(そ)の雨(あめ)普等(ふとう)にして四方(しほう)に倶(とも)に下(くだ)り)
という2つの章句を講義しているちょうどその時に、天から恵みの雨が降ってきたので、武帝はいたく感動して、僧正の位に就けて、まるで諸天が帝釈天に仕えるように、万民が国王を畏れるように、武帝は自分の主のように仕え敬った。
さらに、ある人は、「あぁこの法雲法師様はきっと過去の灯明仏(とうみょうぶつ)の時代から法華経を法話している人なんだろう」と夢見心地の思い込みを信じている。



(腹立つけど つづく(笑)^^)



  1. 2011/02/26(土) 00:00:00|
  2. 随筆
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報恩抄愚釈30

 (つづき)

 この法雲法師には釈迦が説いた『法華経』を【自分なりに解釈してまとめた書籍(じょ4巻)】がある。

その書籍の中で
『此経未だ碩然(せきねん)ならず』
【この法華経はいまだにハッキリ説かれていない】
とか、
『異の方便』
【真理の言い方を変えた借りの教えだ】
とか、言っている。
つまり、【正しく法華経はいまだ仏理を究めていない経だ】
と書かれている。


(※そんなこと釈迦本人は言ぅてないど!
ええ加減なこと言うな!`O´!
割り込みスイマセン^^;)


 法雲法師の周りの者達は、「きっと、この法雲様の解釈した書籍は仏意に叶っているからこそ天から花がふり、雨も降ってきたんだろう あぁありがたいありがたい。」
となってしまい、このような不思議な出来事があったのだから、中国の人々達は、「あ!そういえば法雲様は優れている順位で、①華厳経②涅槃経③法華経って言ってたから、あの法雲様の言うことならきっと間違いないだろう…あぁありがたいありがたい」

となってしまい、
その法雲法師の解釈書籍が、朝鮮半島の南東部のシラギや、南西部のクダラや、北部のコマ(コウクリ)や、日本にまでこの法雲解釈書籍が弘まってしまい、ほとんどの者達の共通認識となってしまった。
やがて法雲法師は御死去される。


その後、時は、梁の時代の終わり頃から、陳の時代の始めに掛けての頃に、
【智ギ法師(ちぎほっし)】(天台大師のことです^^)という小僧が登場してきました。


(※やっと出てきたなぁ(笑)^^
あの紛らわしい法雲仏教をむちゃくちゃな事してくれたなぁ…アホ(笑)^^

このあとどうなるか!
………)(つづく^^)

(紙芝居か!(笑)
'o'/)





  1. 2011/02/26(土) 00:00:01|
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報恩抄愚釈31

 (つづき^^)

 【智ギ法師】(天台大師)という名の小僧が出て来ました。
この人は【南岳大師(なんがくだいし)】という人の弟子です。
(南岳大師自身は法華信仰の立場を亡くなるまで貫いて法華三昧で開悟し、63歳のときに身は柔らかく顔色も生きている様だったとのことです。^^)
この天台の時代も、まだ、あの法雲法師時代からの考えが引き継いで続いてる時代で、どうも【納得いかず】に「なんかおかしいなぁ…」と天台なりに不審を抱いたので、その不審を解消するためにでしょうか、天台は『一切経蔵』
(釈迦一代が説いた膨大な全部の仏教書が収まっている図書館みたいな所でしょうか^^;)

に入って、何回も何回も研鑽を重ねて、
『華厳経』『涅槃経』『法華経』の3経をピックアップして、この3経の中でも
【特に】『華厳経』を講義しました。

『別して礼文(らいもん)を造り』
(※礼文って感謝状か感動書記か感想文か何かちょっとワカリマセン
すいませんm(..;)m)
日に日に研鑽や講義に尽力されているので、
世間の人々は
「あぁ やっぱりこの天台さんも華厳経を第一とする立場の人なんだなぁ」
とみんなそう思ってました。

が!・o・!
実は!・o・!

【法雲法師が一切経の中で、一番華厳・二番涅槃・三番法華と立てていることが、あまりにもおかしいことだと疑いが晴れない為に、特に、華厳経を《注意深く念入りに》研鑽に励み



その究明に取り組んでいた為だったのです!!・o・なんと!】

そして天台大師は一切経の中では、
『法華経』が第一に優れている!
『涅槃経』は二番目に優れている!
『華厳経』は三番目だ!
と見定められました!
(^o^/よぅやったなぁ!)
そして天台はこの仏教界の現状を嘆かれて自覚されて慟哭(どうこく)されたのは、
『せっかく如来の聖教が中国まで渡ってきたというのに、人々を利益する事無しだ!逆に一切衆生を悪道に導いてきたと言っても過言じゃない!それもこれも、すべての元凶は《◆人師の「あやまり」に依るものだ!(「あやまり」の文字は「誤」の言偏のところが立心偏です^^)◆》』

と嘆かれました。

(★まさに『法に依って人に依らざれ』です^^

え~皆様…まさに、僕みたいな人に一番ご注意下さいね(爆)(自滅)
/(**)\
『こうりゅうの悔い』です。はい。
('人'))


   (つづく)

   (……え!?つづくのか!?との声…正解です^^)

    (つづく^^)



  1. 2011/02/28(月) 00:00:00|
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解(げ)

 解(げ)って
いままでわかるとか理解する的なニュアンスでずーっと生きてきましたが、
唱題中に『解とは【取り組み】のことや!』って実感しました^^/(嬉)

信解 智解 いろいろありますけど、僕は取り組みのことだと思います。

(勝手なたわごとですので皆様ご注意下さい^^;(自爆))


ちなみに天台の修行法は観念観法であれやこれやと己心の中に正しき法を構築していく修行です。
天台仏法です。


因みに日蓮仏法の修行法はガラッと変わり、三大秘法の実践です。
^^/

しっかり自行化他に亘る【信心】の実践に、人間という立場のままで、誇りを持って取り組んでまいります。
SGI万歳^^/


(やることいっぱいや((笑))^^/)






  1. 2011/02/28(月) 00:00:01|
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