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赤ポスの随力筆喜

持つはかたし

 栄光の5・3誠におめでとうございます
\^o^/

新・人間革命
灯台12
よりの抜粋です。
『伸一は、最後に、「常識を大切に」と訴えていった。
 「非常識な言動で、周囲の顰蹙を買う人を見ていると、そこには【共通項】があります。
 一瞬だけ激しく、華々しく信心に励むが、すぐに投げ出してしまう、いわゆる
【火の信心】をしている人が多い。信仰の要諦は、大聖人が『受くるは・やすく持(たも)つはかたし・さる間(あいだ)・成仏は持つにあり』
(御書1136㌻)
と仰せのように、【持続】にあります。
 職場、地域にあって、忍耐強く、信頼の輪を広げていく漸進的な歩みのなかに、広宣流布はある。いわば、【常識ある振る舞いこそが、信心である】ことを知ってください」』

と指導されておられます。


【共通項】
【火の信心】

との先生の叱責に、岩に染み入るような自省を促されております。…
('';;;)(激省)…

【持(たも)つはかたし】か…



染(し)み入(い)ります…

染(し)み込(こ)みます…

恐(おそ)れ入(い)ります…



(…恐れ入りますって使い方間違ごうてるやろ''/)


なんやかんやありますが、新生の命で地道に努めてまいります。
''/





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  1. 2011/05/03(火) 00:00:00|
  2. 随筆
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貧女の譬え

 涅槃経のなかで貧女の譬えが説かれています。
『譬えば貧女のようなものである。
家に誰も護ってくれる者が無くて、それに加えていろんな病気や飢えなどの生活に苦しんでさまよっていた。
他の客舎にたどり着き宿泊した。
そこで一子を授かり産んだ。
すると客舎の主に追い出された。
産んで間もないこの児を抱いて他国に行こうと思い立った。
その途上では悪風雨に遇い、寒さ苦しさが次から次から降りかかってきた。
また蚊や虻や蜂やいろんな毒虫に射される被害を被った。
そして向こうへ進むにはガンジス河を経由しなくてはいけなくなった。
幼き一子を抱えてガンジス河を渡るとき速き水の流れに流されたが、その一子を最期まで放さず捨てず…
やがて母子共に没してしまった。
この女人は慈念の功徳で命が終えた後に梵天に生まれた。』
そして仏は弟子達にこの貧女のごとき不惜身命の慈念で正法を護り通していけば、解脱を求めずといえども、解脱自ずから至る。この貧女が梵天を求めずといえども梵天自ずから至ったように。

と教えられました。
この貧女の譬えを天台の弟子の【章安大師】が釈しておられます。

『貧女の貧人とは法財が無い状態(福運を積んでいない状態)
貧女の女人とは一分の慈しみの心がある者
客舎とは穢土
一子とは法華経の信心・了因の子
客舎の主に追い出されるとは流罪(迫害・大難)にあう
産んで間もないとは信心して間もないこと
悪風とは流罪(迫害・大難)の宣告を受けること
蚊や虻などとは心ない悪口や罵りを受けること
(風評被害とかもこれに当たりますんかなぁ…'')
母子共に没するとは遂に最期まで法華経の信心をやぶらずして命に及ぶ大難にあったこと
梵天に生まれるとは仏界に生まれること
引業とは仏界まで変わらず(疑わなかったの因果で仏界の功徳を受けきることができた)』

と釈されてます。''

この正確な内容は日蓮大聖人の御書の開目抄(233頁~)を参照してくだされば、ばっちり載ってます。^^

このあとで、厳粛なる超有名御金言の、
『我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし……』云々と続いて大聖人の大確信が展開していきます''


♪いざや 前進 恐れなく~''/






  1. 2011/05/04(水) 00:00:00|
  2. 随筆
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報恩抄愚釈42

 (愚釈41の続き)
 ※章安大師 も亡くなられました。


(※備考…章安大師(しょうあんだいし)このかたは天台の弟子で、師の論釈のことごとくを聴取して結集され、
「三大部」をはじめ大小部合わせて100余巻結集したとのことです。)


 常随給仕(じょうずいきゅうじ)の弟子道の全うお疲れ様でした。^^


このかたは余談ですが御書の本因妙抄のなかで、『彼の天台大師には三千人の弟子ありて章安一人朗然なり』(874頁)
と記されているところからみても、どうやらエエもんみたいです。^^/(笑)


…ってそもそもエエもんってなんやねん(笑)
ちゅうハナシですわね(笑)^^;
すいません;



ともかく【法華経目線】でいけば、この時点まではええ感じで来てます。^^/



   (つづく^^)





  1. 2011/05/05(木) 00:00:00|
  2. 随筆
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報恩抄愚釈43

(法華経は如来の現在であってもなお怨嫉が多い。いわんや滅度の後は尚更ひどくなると説かれている。一切世間怨多くして信じ難し。…
時は像法時代。
国は仏教発祥の地インドから中国へ。
天台大師が入滅し、
陳(ちん)の時代から
隋(ずい)の時代へ
そして、唐(とう)の時代へと移り代わり、
章安大師も入滅された。)


 (報恩抄愚釈42のつづき^^)
(300頁最後の行の下のほう~)


 天台の(法華経第一という)仏法が『やうやく習い失せし程に』(法華経第一ということを文証を根本に明らかにして皆が習い、皆の疑いが失せた頃に)、
【玄奘三蔵】(げんじょうさんぞう)という人が、貞観(ていかん)3年に始めてインドに渡り、貞観19年に中国に帰って来て、「インドの仏法を尋(たず)ね尽(つ)くした」とのことで【法相宗】(ほっそうしゅう)という宗教をインドから中国へ渡らせてきた。
この法相宗は天台宗との主義主張が『水火なり』(言ってることが水火の関係で、真逆の説である)。




('~')(オイオイ)
(また変わった奴出てきたで!(笑))



   (つづく^^)




  1. 2011/05/09(月) 00:00:00|
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報恩抄愚釈44

(愚釈43のつづき^^)
(301頁2行目~)

 (玄奘は)天台大師が御覧になっていない経である、
【深密経】(じんみつきょう)
【瑜伽論】(ゆいがろん)
【唯識論】(ゆいしきろん)
等を
(インドから翻訳して中国に)
渡らせてきて、
(天台大師が文証を根本にして)
法華経は一切経の中で最も勝れている経である(と証明した)のに、
(それにもかかわらず)
『深密経よりは劣っている』
と言い出した。




(('o')御覧になっていないって後から渡って来た経やって言っても、そもそもその3つは爾前の権経を元にして発展させた思想やで!
部分的思想や!)



   (つづく^^)




  1. 2011/05/10(火) 00:00:00|
  2. 随筆
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報恩抄愚釈45

 (余談ごちゃごちゃいろいろ^^/)

「深密経・瑜伽論・唯識論」
これらを主張する玄奘は唯識思想を根底にしています。
●【深密経】は、仏が法華経を説く以前の権経です。
唯識思想で八識までが限界です。
『九識』が説かれていない経です。
われわれの御本尊は御書の中で『胸中の肉団』『【九識】心王真如の都』『信心の二字にをさまれり』(1244頁)と九識論が説き尽されています^^/

●【瑜伽論】は、そもそも弥勒菩薩の説です。それを玄奘が訳したものです。人師の説が根本になってるので、『法に依って人に依らざれ』の涅槃経に破折されています。^^/
(しかし弥勒菩薩ちょくちょくあっちこっちに出てくるなぁ(笑)^^)

●【唯識論】は、天親菩薩(世親)の説を、護法という人が釈したのを、玄奘が翻訳したものです。
これも人師が源になっているので涅槃経の『法に依って人に依らざれ』に破折されています。^^/




  1. 2011/05/11(水) 00:00:00|
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報恩抄愚釈46

 (嗚呼ぶつ切りになってしもた^^;すいません;…んんん…書くな言うことなんかなぁ…
気持ち悪いんで書いてしまって罰あらば受けきりましょう!^^;この際(愚笑)。)

 (愚釈余談つづき^^)


 その根底になっているのが【一念三千】です!^^

『倶舎宗・成実宗・律宗・【法相宗】・三論宗等は名をも知らず
華厳宗と真言宗との二宗は偸(ひそか)に盗んで自宗の骨目とせり』
(開目抄189頁1行目)
法相宗は一念三千の名前も知らない宗だと大聖人は見抜いておられます^^/

華厳宗と真言宗はチャッカリ盗んで一念三千を自宗の根本に盗み入れてると、これまた大聖人は見抜いておられます^^/

『竜樹・【天親】・知ってしかも・いまだ・ひろ(拾)い いだ(出)さず
但 我が天台智者のみこれを いだ(懐)けり』
(189頁2~3行目)
天親菩薩(世親)は
【知って】いながら、それでも、
拾い【いださず】です!
@@☆
【いだせず】じゃ無いんです!いだす能力はあったんです!よぅ知って、意図的に出さなかったんです!
だから【いださず】なんです!^^/
何故意図的に、いださなかったのか!
時と付属が無い為です!
【知って】いながら【いださず】に【時の法の流布に徹せられたからです】!^^/
そのもどかしくも、末法の仏に託された【想い】を大聖人がしっかりと汲み取っておられるのです!^^/凄い三世十方に亘る慈悲であられます。''(凄)
天台は【いだ(懐)けり】です!
覚知して万人に出さなかったんです!^^
これまた【時】が末法じゃないからです。また大難を忍び勝つ末法の法華経の行者じゃないからです。^^/
天台も時の法に徹せられたのです!^^
【いだけり】で止められたのです。^^
万人に明らかに開示されたのが大聖人です!^^/
……
報恩抄に戻って、
法華経のことを、
『深密には劣る』(301頁3行目)と誤った判断を下した【玄奘三蔵】の思想の根底の発端になった天親菩薩自身は全体観で知っておられたけれども、いださなかった。
一方、玄奘は一念三千をぶつ切りに翻訳したために、部分観にとらわれて、【名をもしらず】で判断を誤ったのです。''/

 (愚釈余談終わり^^)
(報恩抄愚釈へ)

   (つづく^^)

知らんで知らんで((爆)^^;)




  1. 2011/05/11(水) 00:00:01|
  2. 随筆
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報恩抄愚釈47

(玄奘三蔵は(部分的にぶつ切りにバラバラにいろんな経を翻訳したために、経の高低浅深の判断を誤って、法華経は)『深密には劣る』と誤った見解・主義主張をした。)
アホ(`。´)
(アホって好きなようにゆうてますな(爆)^^暴言失礼しました(笑))
 (報恩抄愚釈つづき^^)

 その玄奘の主張に対して、「天台は見ていない」との巧みな説得にひっかかってしまった『天台の末学等』(天台大師・章安大師以降の仏教を習う者達)は、『智慧の薄きかのゆへに』(本来、深密経は権経であるにもかかわらず巧みにたぶらかされて、智慧が行き届かずに、)
『さもやとおもう』(ん?あぁそうなのかな?うーん?そうなんだろぅ?うん多分そうなんだ!と思ってしまった)

アカンデ アカンデ ''(嘆)

 また、太宗皇帝は権勢を誇る賢王である。玄奘に対する信頼も厚く、深く帰依されている。
(天台の末学の者達は本来その玄奘の主張はおかしいぞ(``)/と)『いうべき事ありしかども』(主張の間違いを糺さなければならないのに)、
『【いつもの事なれば】時の威をおそれて申す人なし』
誰もが時の権威権力を恐れて異議を唱え無い。


(オイオイまたこのパターンやで(笑)^^
出たで出たで(笑)^^
大聖人もこの御書のここのところにおいて、権力に皆人が恐れておじけづくパターンを見抜いておられますが、愚かさを嘆く嘆き方が、
【いつもの事なれば】
いつものパターンのやつや!

って凄い【表現】ですね(爆)^^
めっちゃ笑いましたわ(爆)(凄)
【いつもの事】ってあーた(爆)




   (つづく^^)




  1. 2011/05/13(金) 00:00:00|
  2. 随筆
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報恩抄愚釈48

『時の威をおそれて申す人なし』
(太宗皇帝という権威権力が玄奘の味方をしていることに怖れて誰も言い返せない…情けない限りである。)
 (愚釈47のつづき)
 (301頁5行目~)

 (天台が経文を根本にして法華経が第一だとせっかく証明したのに、その)法華経を(実践していくという立場を)『打ちかへして』(ひるがえして)、三乗(という借りの教えのほうが)真実(だと主張して)一乗(である法華経のほうを逆に借りの教えだと主張して)、五性各別(だと言って本来釈迦仏が法華経を説くために借りに設けた教えなのにもかかわらず、別々に独立した教えだと主張していることは)、『心うかりし事なり』(愚かな言いぶんで情けなく納得できない事である)。
『天竺よりは・わたれども』(仏の教えがインドより中国へせっかく渡って来たけれども)、『月氏の外道が漢土にわたれるか』(これではインドから外道の教えが中国へ渡ってきたようなものである)。
法華経が方便で深密経が真実だと主張するならば、【釈迦・多宝・十方の諸仏】(全宇宙の一切の仏達)の広布を誓った誠の約束の宣言も、まったく無駄なものになってしまい、あらゆる仏達を無視して文証・証明の無いデタラメなものとなってしまい、本来の仏の教えというものを殺していることであり、全ての仏達の誠言をむなしくしてしまっている。…
玄奘(げんじょう)やその弟子の慈恩(じおん)たちのほうが時の生き仏ということになってしまっている。



(仏教に携わるやからの読み間違いで後々(のちのち)に負担がかかってきて、国土にまで影響を及ぼしてきますんな。
玄奘もインドにこんな経ありましたよって翻訳するのはええけど【法華経】を批判するのはええことないで!
一番根性ないのは天台の弟子らや!
時の権威に怖れて本当の事が言えないこの構図(笑)
構図も三世不変やわ(笑)
どうですか(笑)^^
ほんまにーええかげんにしとけよ!)




   (つづく^^)



  1. 2011/05/14(土) 00:00:00|
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報恩抄愚釈49

 (つづき^^)
 (301頁9行目~)

 「そののち、則天皇后(そくてんこうごう)というかたの『※御宇(ぎょう)(※帝王が天下を治めている期間)』に、
天台大師に(完膚無きまでに、徹底的に破折され尽くして)責められた華厳経に、」

(あの例の法雲一派のことですな(笑)^^懐かしー(笑)^^)

「『又 重ねて新訳の華厳経わたりしかば』(新たな翻訳を付け加えた華厳経を渡らせたら)、」

(オイオイ(-o-)新たにって【経】を書き換えてるで!(爆)むちゃくちゃなやり方やなぁ(爆))

「さきのいき(憤)どをりを・はた(果)さんがために」

(天台に破折された法雲一派らは よっぽど恨み持って引きずってましてんな(爆)^^
子供のケンカみたいですな(笑)^^)

「新訳の華厳をもつて
天台にせめられし
旧(く)訳の華厳経を扶(たす)けて
【華厳宗】(けごんしゅう)と申す宗を
【法蔵法師】(ほうぞうほっし)と申す人 立てぬ、」。


('')(経を書き換えるってなんでもアリかよ!むちゃくちゃやなぁ(怒)!)


余談で言いましたが、大聖人も開目抄で見抜いておられた通り
『華厳宗と真言宗との二宗は偸(ひそか)に盗んで自宗の骨目とせり』(189頁)
の通りですね''

【華厳宗】の
【法蔵法師】は泥棒や!
法盗人や!
あほ!(`O´)

華厳宗関係者の方々
あなた方の宗の始まりは泥棒ですよ!
あなた方の中から勇気を持って真実に立ち上がる方々に期待致します。
(って多分無理やろなぁ(笑)^^)



   (つづく^^)





  1. 2011/05/15(日) 00:00:00|
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報恩抄愚釈50

 (愚釈49のつづき^^)

(法蔵法師の華厳宗)
 この宗(の主義主張で)は、華厳経のことを根本法輪(根本の教え)と言い、【法華経】のことを枝末法輪(枝葉の教え)と述べている。

(『四十余年未顕真実』という経文をねじ曲げてるで!
('')何回でも言いますが、【法華経】という『民衆仏法』『生命尊厳・人間尊敬』の教えを批判することは、自らの生命を傷付けてることになりますよ!
お気をつけ下さいね'')

(あの法雲一派らの)
南(三)北(七)の主張は
①華厳経
②涅槃経
③【法華経】
という経の高低浅深の順位。

(それを経文根本に破折された)
天台大師の主張は
①【法華経】
②涅槃経
③華厳経
という順位。

そして新たな【経】ねじ曲げ主張の
法蔵法師の主張は
①華厳経(新訳)
②【法華経】
③涅槃経
との主張である。



(玄奘出てきた思ったら、次は、法盗人の【法蔵法師】ちゅうけったいな奴出てきたで!^^
ほんまに宗教関係者あほばっかりやなぁ(爆)^^)



   (つづく^^)




  1. 2011/05/15(日) 00:00:01|
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報恩抄愚釈51

 (つづき^^)
 (301頁13行目~)

 その後、玄宗皇帝(げんそうこうてい)というかたが天下を治めている期間に、
インドから
【善無畏三蔵(ぜんむいさんぞう)】
という者が、
『大日経・蘇悉地経(そしつちきょう)』という経をひっさげて中国へ渡ってきた。
そして、
【金剛智三蔵(こんごうちさんぞう)】という者は、『金剛頂経(こんごうちょうきょう)』という経をひっさげて中国へ渡ってきた。
また、金剛智三蔵の弟子の
【不空三蔵(ふくうさんぞう)】という者もやってきた。




(なんやなんや(爆)''全部権経の輩やなぁ(笑)^^
しかし、次から次から雨後の筍みたいに邪宗のオンパレードやなぁ(爆)^^)


   (つづく^^)





  1. 2011/05/16(月) 00:00:00|
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報恩抄愚釈52

(愚釈51のつづき^^)
(301頁14行目~)

 この3人
(【善無畏(ぜんむい)三蔵】
【金剛智(こんごうち)三蔵】
【不空(ふくう)三蔵】)
は、
インドの方々であり、
家柄も高貴であり、
人がらも中国の僧侶達とは似ていない。
(貴族風吹かしてましてんな(笑)^^)

法門のことに関しても、なんか知らんけど、後漢の時代より今(玄宗皇帝が天下を治めている期間)の時代に至るまで、
それまでなかったものである【印(いん)】と【真言(しんごん)】というものを法門に付け添えて、大層な格調付けをして中国へ紹介したら、
『天子 かうべ(頭)を かたぶけ 万民 掌(たなごころ)を あわす』



(上下万民一同に、お~これはこれぱ。゚…というように高貴な雰囲気にフラフラ~とそれだけで感化されてしまいましてんな。''

しかし、人間て身なりや家柄や気品や雰囲気に弱いですな(笑)^^)



法門はそんなことにたぶらかされたらあきませんで^^
大前提としてこの3人が薦めてるのは【爾前権経】です
^^/
忘れたらエラいことになります(笑)''/



   (つづく^^)





  1. 2011/05/16(月) 00:00:02|
  2. 随筆
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報恩抄愚釈53

(愚釈52のつづき^^)
(301頁16行目~)

 【この人々(善無畏・金剛智・不空)の
主義主張する言いぶん】では、
「華厳経や深密経や般若経や涅槃経や法華経などの、経の勝劣問題は、顕(あらわ)に説いた教えの内のことであって、釈迦如来が発言したものだ。
一方、大日経は大日法王の勅言だ。
顕に説いた教えのほうは言うなれば、
民(たみ)が万言を吐いたもの。
この大日経は天子(てんし)の(秘密に説いた教えの)一言である。
華厳経や涅槃経などの経は、この大日経には、梯(はしご)を立てても及ばず届かない教えだ。
…但(ただ)、法華経ばかりは似ている経である。
…しかし、法華経は釈迦如来の説いた教え。言うなれば
民の正言。
この大日経は言うなれば
天子の正言。
言葉は似ていても、【人がらに雲泥の差がある】。
例えば、濁った水面に映る月と、清らかな水面に映る月のようなものである。
月の影は同じであるが、水自体に清濁の違いあり。」

などと主張している。

(人がらで物言うなアホ\`O´/!
元々、大日経も法華経も両方釈迦が説いた教えやど!
そもそも大日経は無量義経で『四十余年未顕真実』と破折されてるど!\`O´/!)
『此(こ)の由(よし)尋(たず)ね顕(あらわ)す人もなし』
(この主張に対して誰も問いただしたりせずに、へ~あーそうですか。それはそれは(^◇^;)となってしまいましてんな。

アカンデ アカンデ(怒))

『諸宗皆落ち伏して真言宗にかたぶきぬ』

((゚o゜)\(-_-)ナンデヤネン)


たぶらかされ過ぎやろ!(・o・)



   (つづく^^)




  1. 2011/05/20(金) 00:00:00|
  2. 随筆
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報恩抄愚釈54

(愚釈53の続き^^)
(302頁3行目~)

 善無畏三蔵は死去される。

 金剛智三蔵も死去される。

(''ハイ、家柄や身なりに依って【経】の高低浅深を判断する【権経のやから】二人消えたで。'')

 その後、不空三蔵は、(真言宗の格調付けの為に)また、再びインドに一旦帰って、
『菩提心論』(ぼだいしんろん)という【論】を再び中国に渡らせてきて、いよいよ真言宗が盛んになってきた。


(※『菩提心論』は竜樹(竜猛)菩薩の論を不空三蔵が【誤って】解釈したものといわれています。((怒))
たぶらかされないようにまた騙されないようにご注意下さい
''/)



   (つづく^^)




  1. 2011/05/22(日) 00:00:00|
  2. 随筆
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報恩抄愚釈55

(愚釈54の続き)
(302頁4行目~)

 但し(そんな状況下において)、
【妙楽大師】(みょうらくだいし)という人が出てこられました。
('O'お!)

(※妙楽大師は西暦711年生まれといわれてます。今年は2011年なのでちょうど生誕から1300年の年にあたりますね'')



   (つづく^^)




  
  1. 2011/05/22(日) 00:00:01|
  2. 随筆
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報恩抄愚釈56

(愚釈続き^^)
(302頁4行目~)

 【妙楽大師】という人は、天台大師より200年余り後の頃に出てきたかたです。
このかたは智慧賢きかたで、天台の所釈(法華経第一という主義主張)を見て明らかに【正義】を納得・把握されました。
「天台の釈の心(天台が主張していること)は、(天台の死去の)後に渡ってきたものである(玄奘が主張しているが、あくまでも爾前権経である)深密経の『法相宗』や、中国にて初めて立ち上げされた(新訳の華厳という経を書き換えて主張しているがこれもあくまでも爾前権経である法蔵法師の)『華厳宗』や、(善無畏・金剛智・不空らが渡らせて主張しているがこれもあくまでも爾前権経である)大日経の『真言宗』よりも、
【法華経】は勝れている!
(それなのに邪義・邪宗の出現のオンパレードで盛んになり、経の勝劣が定まらずに仏の教えが混沌としている現状の理由は)
あるいは智慧が及ばないためなのか。…
あるいは人に(伝える勇気が無くて)畏れているためなのか。…
あるいは時の王威(国家権力)に怖じ気づいてるために言えなのか。…
そうであるならば、天台の【正義】(法華経第一)がこの時点ですでに失なわれているということになるではないか!
また、陳(ちん)の時代や隋(ずい)の時代以前の南北の邪義
『にも勝れたり』(当時よりも更に輪をかけて悪化している状況ではないか!)」

と『おぼして』(感じ取られました)。


(''/天台の200年後に正義を叫ぶ勇者が出てきましてんね'')
(^^/ナイス妙楽!)
(…って200年も天台の弟子ら何しててん!ちゅうはなしですわね(憤))

【常にいるけど会いがたい】ってこのことですな''/



   (つづく^^)



  1. 2011/05/23(月) 00:00:00|
  2. 随筆
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報恩抄愚釈57

『又陳隋已前の南北が邪義にも勝れたりとおぼして』
妙楽大師さんは、今の宗教界の現状が、あの法雲一派が天台大師に破折された当時の状況よりも更に輪をかけて悪化している状況だと感じ取られました。
(愚釈つづき^^)
(302頁7行目~)

 そして、30巻の『末文』を造りました。
(''末文 って追加補強っていうことなんでしょうか…ちょっとわかりません'';)

 いわゆる、天台の、
『法華玄義』を
『法華玄義釈セン』
(釈セン)に。
『法華文句』を
『法華文句記』
(ジョ記)に。
『摩可止観』を
『止観輔行伝弘決』
(弘決)に。

 この30巻に書かれたものは、天台が書いたものの中で重なってる箇所を削り、一本化にまとめ、また弱い部分を補強するだけではなくて、
天台が居てたら破折されていたけども、天台が先に逝去したために、たまたま破折をまぬがれて、隙間産業的に発生した、『法相宗』や『華厳宗』や『真言宗』などをも、一気にまとめて、折伏成敗している書物であります。
\(^o^)/
よっしゃ!
(中国妙法ここに極まれり!)


(中国拳法みたいに言うな!って怒られそうですな(笑)^^/)


(なんか妙法の威光は不変で厳然としてるのに、人師レベルで法華経の上げ下げ合戦してるように感じますな^^
ほんで、振り幅がどんどん善悪が極大化しているように思われます'')


ここまで教法流布の先後 了解しました。
^^/


   (つづく^^)




  1. 2011/05/24(火) 00:00:00|
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報恩抄愚釈58

(愚釈57つづき^^)
(302頁11行目~)

 (そんなこんなでいよいよ日本国です^^/)
 日本国には、人王第30代・欽明天皇の時代の13年壬申(みずのえ さる)10月13日に百済(くだら)国より、一切の経と釈迦仏の像が渡ってきました。

 また、用明天皇の時代に【聖徳太子】(しょうとくたいし)が仏法を研鑽し始めて、和気の妹子という臣下のかたを中国に遣わせて、【法華経】を取り寄せて、持経と定められました。
(さすが聖徳太子!''
わかる人はわかりますんな(超凄)'')

(※ちょうど大白蓮華2011-6月号の『中興入道消息』(なかおきのにゅうどうしょうそく)の池田名誉会長講義のなかで、先生が聖徳太子について講義されてます。)
【参考講義大白6月号39㌻より抜粋】
【すなわち、当時の日本の人々は、三世の生命の因果を説く仏教を知らなかった。そのために、生死の問題に、なすすべをもたなかったのです。
 しかし、その価値を見いだす『智者』がいました。それが『聖徳太子』です。仏教を受け入れるかどうか、とまどいと反発のある中で、一国の太子である『聖徳太子』が率先して、『仏教の根本をなす釈迦仏に帰命』し、『法華経を読誦』しました。これを端緒として、日本国中に仏教が広まることとなった。このように大聖人は指摘されています。
 実に、一人の人間の精神的な飛翔こそが、新しい思想の潮流を開く源流になるのです】

と講義されてます。
\(^o^)/




   (つづく^^)





  1. 2011/05/24(火) 00:00:01|
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報恩抄愚釈59

 (つづき^^)
 (302頁13行目~)

 そののち、人王第37代・孝徳天皇の時代に、
①三論宗(さんろんしゅう)
②華厳宗(けごんしゅう)
③法相宗(ほっそうしゅう)
④倶舎宗(くしゃしゅう)
⑤成実宗(じょうじつしゅう)
が日本に渡ってきた。

 人王第45代・聖武天王の時代に、
⑥律宗(りっしゅう)
が日本に渡ってきた。
以上六宗である。

 孝徳天皇から人王第50代・桓武天皇までの十四代に亘る120年余りの間には、
⑦天台宗(てんだいしゅう)と
⑧真言宗(しんごんしゅう)の
二宗は、まだ日本に渡ってきていなかった。



(''まだ天台・真言の二宗が日本に渡ってきていない時代に、聖徳太子は【法華経】を読誦してたって凄すぎますな!'')
(唖然)



   (つづく^^)




  1. 2011/05/25(水) 00:00:00|
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報恩抄愚釈60

 (日本に仏教が渡り、六宗が乱立している状況下…。
二宗(天台・真言)はまだない頃…。)

 (愚釈つづき^^)
 (302頁15行目~)

 桓武(かんむ)天皇の時代に、
【最澄】(さいちょう)という小僧がいてました。
(''お!伝教大師のことやな(笑))

 最澄は、山階寺(やましなでら)の行表(ぎょうひょう)僧正というかたの御弟子さんです。
 まず、法相宗を始めとして、六宗すべてを習い究めていかれましたが、仏法というものをいまだ極め尽くしていないと思われていたところ、華厳宗の法蔵法師が…
(''例の新訳の華厳経といって天台の一念三千を盗み入れた奴やな(`o´)(憤))
…華厳宗の法蔵法師が造った『起信論』(きしんろん)という【ジョ】(※ジョ って論文みたいにまとめた自説やな''…)
を、最澄が読んで見たところ、天台大師の釈を引用文として掲載してあった。
そこで最澄はこの起信論のなかの天台大師の釈に引っ掛かりを覚え、このジョの中の天台の釈が『子細ありげなれ』大事なことを詳しく述べられていると感じ取られ、この天台の釈は日本に渡ってきているのか?、それとも、まだ渡ってきていないのか?
と いぶかしげに思い気になって、ある人に訊ねてみたら、………



   (つづく^^)




  1. 2011/05/26(木) 00:00:00|
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報恩抄愚釈61

 (続き^^)
 (302頁最後の行~)

 (最澄が)ある人に訊(たず)ねたら、
そのある人が言うには、
「大唐(だいとう)の揚州(ようしゅう)というところに竜興寺(りゅうこうじ)の僧で【鑑真(がんじん)和尚】というかたがおられた。
このかたは、天台の末学・【道セン律師(どうせんりっし)のお弟子さん】にあたるかたで、天平宝字の末の頃に、日本国に渡ってきなすった。…
そんでもって、
小乗の戒壇を東大寺などに弘通なされた。
…しかし、
【天台の御釈】を持って来られたけれども、それを弘めることは、なさらなかったんじゃ。
…たしか、人王第45代の聖武天皇の御宇の頃じゃった。」

(※【お詫び】喋り口調は赤ポスの妄想ですので、厳重にご注意くださいませ。
m(_ _)m)

と(そのある人が)語りました。

(そのある人の語ったことに対して、最澄は)
その書(【天台の御釈】)を見させて頂きたい! と申し出されて、その書を拝見したところ、
【!(・o・)☆】
『一返御らんありて生死の酔をさましつ此の書をもつて六宗の心を尋ねあきらめしかば一一に邪見なる事あらはれぬ』
(最澄は天台の書を一返閲覧されて、生死の問題を(最澄次元で)解決されて、酔いを醒まされ、なおかつ、この【経文を根本にして展開されている天台の書】を根本にして六宗の心を照らし合わせてみたら、明らかに六宗の一宗一宗が邪見であるということをハッキリと把握されました。)
\(^o^)/

やりよったなぁ!



   (つづく^^)




  1. 2011/05/26(木) 00:00:01|
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報恩抄愚釈62

(愚釈続き^^)
(303頁4行目~)

 (最澄は六宗の邪見を糺す使命感に自発的に立ち上がられて、)
「日本国の人は皆、謗法の者を糺さずに師弟檀那となって、謗法の者のいいなりになっているということは、天下を乱している元凶ということだ!」
と感得されて、
六宗を批難されました。(''!おっ!)

そしたら、批難されたほうの七大寺・六宗の宗教関係者のお偉いさんの方々は、
蜂の巣を突っついたような大騒ぎになり、
南都六宗がカラスの大群のように皆騒ぎました。
七大寺・六宗の者たちは悪心強盛です。
(-"-#)
(`θ´)
(`ε´#)/
(-o-#)∠☆PAN!



(同じようなこの状況パターン以前どこかであったような(笑)
^^;)

(最澄負けるなよー
法華経の未来のためにも!''/)



   (つづく^^)



  1. 2011/05/27(金) 00:00:00|
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報恩抄愚釈63

(愚釈続き^^)
(303頁6行目~)

 そんなこんなで、
 延暦(えんりゃく)21年1月19日に、【桓武天皇(かんむてんのう)】が高雄寺(たかおでら)に出向かれた際に、
7箇所の寺の偉いさんの方々14人
①善議(ぜんぎ?)
②勝ユウ(しょうゆう)
③奉基(ぶき)
④寵忍(ちょうにん)
⑤賢玉(けんぎょく?)
(けんだま とは読まへんやろな(笑)^^;)
⑥安福(あんぷく?)
⑦勤操(ごんそう)
⑧修円(しゅえん)
⑨慈コウ(じこう)
⑩玄耀(げんよう?げんき?げんこう?)
(ちょっと読みわかりません。すいません。m(_ _;)m)
⑪歳光(さいこう?)
⑫道証(どうしょう?)
⑬光証(こうしょう?)
(アカン(笑)^^
どうしょうこうしょうって筋違いなところで笑ってしまいました^^すいません
(^人^;)(笑))
⑭観敏(かんびん?)
等の、10数名を召し合わせました。

華厳・三論・法相などの人々は、それぞれ、自分たちの宗教の元祖の主義主張を変えずに、そのまま主張してきました。
一方、【最澄(伝教大師)】は、六宗の人々の言いぶんに対して、一つ一つ、『牒(ちょう)』を取り、
(''あの以前天台が法雲一派に対処したやり方と一緒ですな^^)
牒を取り、本経・本論(法華経の経文や天台の釈などを述べて正義を主張し)、並びに(それと同時に)、諸経・諸論(法華経以外の経の経文や、諸経は法華経よりも劣っている旨を述べて、)『指し合わせてせめしかば』(一つ一つ丁寧に14人側の主義主張の矛盾していることを責められたら)、
『一言も答えず口をして鼻のごとくになりぬ』
(14人側は、一言も言い返せずに、口をつぐんで鼻のように黙ってしまった)

(''『口をして鼻のごとく』って面白い表現で、この状況を如実に言い表してますな^^)
\(^o^)/
最澄ようやった!
ありがとう!



   (つづく^^)




  1. 2011/05/29(日) 00:00:00|
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報恩抄愚釈64

(愚釈続き^^)
(303頁9行目~)

 (この事態に桓武)天皇は驚いて、
(゚д゚;)
『委細に御たづねありて』
事態を把握するために、くわしく事情を訊かれて、
『重ねて勅宣を下して十四人をせめ給いしかば』
(桓武天皇は)重ねてご命令を下して14人側を責められた。

(''「最澄の主義主張に誰も言い返せないというこの現実は一体どういうことなんだ!」とでも激怒されましたんかなぁ(笑)'')

そしたら、
『承伏の謝表を奉りたり』
(7箇寺の六宗14人側は「参りました」m(_ _)mと自分たちが邪見であったことを認め、負けを認める謝罪文を書きましてんな!)
(…凄いっていうか、素直っていうか、この当時は法論のルールがしっかり守られてる時代でしてんな
'')



   (つづく^^)




   
  1. 2011/05/29(日) 00:00:01|
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報恩抄愚釈65

 桓武天皇が見守るなか、最澄1人と六宗側の14人が公場対決し、最澄が勝利し、負けた14人側は『謝表』法論が決した証拠文書を書きました。

(愚釈64続き^^)
(303頁10行目~)

 その書を見ると、
『七箇の大寺六宗の学匠乃至初て至極を悟る』
(七箇所から来た六宗の14人の者たちは、初めて法華経が一切経のなかで第一に勝れていることに気づく)。
と書かれている。

あるいは、また、
『聖徳の弘化より以降(このかた)今に二百余年の間講ずる所の経論其数多し、彼此(かれこれ)理を争うて其の疑未だ解(と)けず而(しか)も此の最妙の円宗猶未だセン揚(せんよう)せず』
(聖徳太子が仏法を弘め教化し始めてからこのかた200年余りの間に、仏法のことを講じてを宣揚する経論は数多く出てきた。かれこれそれぞれが仏法の極理について言い争っていながら、どの教えが正しい教えであるのかという根本的な疑問をいまだに解決していなかった。しかも、このすべての者を成仏させる法である法華経をいまだに宣揚していなかったことに気づいた。)
と書かれている。
……



   (つづく^^)




  1. 2011/05/29(日) 00:00:02|
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報恩抄愚釈66

(愚釈続き^^)
(303頁12行目~)

 さらにまた、
『三論法相・久年のアラソイカンエンとして氷の如く解け照然として既に明かに猶雲霧を披(ひら)いて三光を見るがごとし』
(三論宗と法相宗が永年にわたり激論を交わし※熱気を帯びていたが、…)
(''※ってあれ!?三論と法相の間で、この人らはこの人らで激論を交わしてましてんな(笑)全然知らんだ(笑)^^忙しっ!^^プププ)
(…最澄の主張(法華経第一)により根本的疑問が太陽を浴びた氷が溶けるがごとく解けて、はっきりと明らかになり、雲や霧を払って三光(太陽・月・明星)の輝きを見るがごとき境涯になった。)

と書かれている。



   (つづく^^)




  1. 2011/05/29(日) 00:00:03|
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報恩抄愚釈67

(愚釈66続き^^)
(303頁13行目~)

 【最澄】は、それぞれ14人の者たちの言いぶんを判断されてこう言いました。
『各一軸を講ずるに法鼓(ほっく)を深壑(しんがく)に振(ふる)い賓主(ひんしゅ)三乗の路(みち)に徘徊(はいかい)し義旗(ぎき)を高峰に飛(とば)す』
(14人それぞれの者たちが、それぞれの持っている一つの経典を一生懸命になって主義主張しているが、それは爾前権経の教えである三乗の教えを、ただ声高に主張しているに過ぎない。)
『長幼三有の結をサイハして』
(老いも若きも、ベテランも新人も、三界の煩悩を打破したと喜んでいたとしても)
『猶(なお)未(いま)だ歴劫(りゃっこう)の轍(てつ)を改めず』
(なおそれでも、即身成仏の法華経ではない爾前権経である歴劫修行の教えに執着して、そのレールをいまだに改めずにいて)
『白牛(びゃくご)を門外に混ず、』
(大白牛車たる法華経を爾前権経と同じレベルだと混同している、)
『豈(あに)善(よ)く初発の位に昇り阿荼(あだ)を宅内に悟らんや』
(どうして、未顕真実たる爾前権経を混同している状態で、法華経を信じて悟っていると言えるのであろうか!)

と最澄は言っています。


(法華経が勝れていると14人が承伏状を書いていても、最澄は権経が混じったままでそんなこと言ってもアカン!って、そのへんはハッキリ破折してはりますな'')


   (つづく^^)




  1. 2011/05/29(日) 00:00:04|
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報恩抄愚釈68

(愚釈続き^^)
(303頁15行目~)

 弘世と真綱の二人の臣下が言うには、
(※弘世(ひろよ)と真綱(まづな)という二人は最澄に帰依していた兄弟とのことです。
ここまでは判ったんですが…臣下となってるんで、この場に立ち会っていた桓武天皇の臣下ということなんでしょうか?…んー歴史音痴でちょっと判りませんスイマセンm(,,)m)

『霊山の妙法を南岳に聞き総持の妙悟を天台に闢(ひら)く』
(法華信仰を貫いて妙法を唱えたままで成仏されたという南岳大師のことを聞き霊山の妙法の素晴らしさを知り、一念三千の教えたる法華経の素晴らしさを天台の教えによって14人の方々は気付かれた。)
『一乗の権滞(ごんたい)を慨(なげ)き三諦の未顕を悲しむ』
(それなのに、一乗法である法華経に爾前権経を混(まじ)えたままでおられることは嘆(なげ)かわしいことであり、空仮中(くうけちゅう)の三諦の法門を未だにあらわせていないことは残念なことであります。)

と、弘世・真綱の二人は述べておられます。



(''なんや!今まで伝教が六宗に勝ってスッキリ勝(が)ちしてたんかなぁと思ってましたけど、最澄側と14人側は公場対決で法華経側の最澄勝って、一件落着かなぁと思ってましたが、法論対決終わっても、14人側は権経混じってても法華経の法理さえ理解したらええ的立場の主張してて、最澄側は権経を混ぜない【法華経のみ】の主張してて、深い大事なところでは意見食い違ったままでしてんな'')



   (つづく^^)




  1. 2011/05/30(月) 00:00:00|
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報恩抄愚釈69

 (続き'')

 また、14人側が言うには、
『善議等牽(ひか)れて休運(きゅううん)に逢(おう)て』
善議とかの14人の者たちは宿縁に導かれて、
『乃(すなわ)ち奇詞を閲(けみ)す』
法華経の素晴らしい妙理を聞くことが出来た。
『深期(じんご)に非るよりは』
深い因縁がなければ、
『何ぞ聖世に託せんや』
どうして法華経のことを聞けるという尊き世に生まれることができましょうか。
と喜びました。



(えらい喜んでますね^^)


   (つづく^^)



  1. 2011/05/31(火) 00:00:00|
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