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赤ポスの随力筆喜

報恩抄愚釈58

(愚釈57つづき^^)
(302頁11行目~)

 (そんなこんなでいよいよ日本国です^^/)
 日本国には、人王第30代・欽明天皇の時代の13年壬申(みずのえ さる)10月13日に百済(くだら)国より、一切の経と釈迦仏の像が渡ってきました。

 また、用明天皇の時代に【聖徳太子】(しょうとくたいし)が仏法を研鑽し始めて、和気の妹子という臣下のかたを中国に遣わせて、【法華経】を取り寄せて、持経と定められました。
(さすが聖徳太子!''
わかる人はわかりますんな(超凄)'')

(※ちょうど大白蓮華2011-6月号の『中興入道消息』(なかおきのにゅうどうしょうそく)の池田名誉会長講義のなかで、先生が聖徳太子について講義されてます。)
【参考講義大白6月号39㌻より抜粋】
【すなわち、当時の日本の人々は、三世の生命の因果を説く仏教を知らなかった。そのために、生死の問題に、なすすべをもたなかったのです。
 しかし、その価値を見いだす『智者』がいました。それが『聖徳太子』です。仏教を受け入れるかどうか、とまどいと反発のある中で、一国の太子である『聖徳太子』が率先して、『仏教の根本をなす釈迦仏に帰命』し、『法華経を読誦』しました。これを端緒として、日本国中に仏教が広まることとなった。このように大聖人は指摘されています。
 実に、一人の人間の精神的な飛翔こそが、新しい思想の潮流を開く源流になるのです】

と講義されてます。
\(^o^)/




   (つづく^^)





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  1. 2011/05/24(火) 00:00:01|
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